うわさに振り回されず、投資をして自由に振る舞っていたいものです。
うわさ話と見栄から距離をとった先にあった自由
会社員として働いていた頃、私はずっと違和感を覚えていました。それは、うわさ話が支配する職場の空気です。
誰かの家の購入や車の買い替え、子どもの進学先…。翌日にはオフィス全体に広まり、まるで「うわさネットワーク」のように勝手な評価や比較が飛び交っていました。
うわさが生む競争と見栄の罠
私が不快だったのは、うわさが単なる雑談で終わらず、競争心と見栄に直結していたことです。
例えば、同僚がマイホームを買えば、自分も焦ってローンを組む。同僚が高級車を買えば、無理をしてまで追いかける。
つまり、うわさは人を煽り、見栄による「消耗のレース」へと駆り立てる仕組みだったのです。
自由を求めて、うわさから距離を置く
だからこそ私は、その空気から距離を置くことを決めました。
なぜなら私が本当に大切にしていたのは「自由」だからです。
FIREを本気で目指していた私は、物欲や他人の視線に振り回されるのを最も避けたいと考えていました。
投資をせず、うわさに耳を傾けるほど、自由から遠ざかると直感していたのです。
投資はうわさではなく静かな積み重ね
もちろん、職場で投資や資産形成の話をすることはありませんでした。
なぜなら「投資してるらしいよ」といううわさ話にされ、好奇の目で見られるのが目に見えていたからです。
そこで私は「静かに自分の道を歩く」ことを選びました。
見栄のための住宅ローンではなく、自分の人生を支えるための投資をコツコツと積み重ねたのです。
うわさに左右されない「地味さ」の強さ
会社員時代の私は、誰よりも地味に映っていたかもしれません。
しかしその裏側には、投資によって積み重ねた「静かな力」がありました。
うわさ話や見栄の競争に巻き込まれず、自分のゴールに集中できたからこそ、FIREという自由を実現できたのです。
まとめ:見栄の人生か、自由の人生か
結局、うわさに振り回されて働く人生か、それとも自由を求めて投資で生きる人生か。
その分岐点に立ったとき、私は迷わず後者を選びました。
その選択こそが、私をFIREへと導いたのです。
つまり、人生を本当に豊かにするのは、うわさに背を向け、自分の軸で歩む覚悟なのです。





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