出世を捨てて投資を選んだ私がFIREを実現できた理由

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出世 投資

ウソのようで本当の話

これは決してフィクションではなく、私自身が「出世と投資」で体験した現実です。30歳の頃、社内には一人の“社用族”がいました。彼はゴルフと夜の街を武器に、上司との距離を縮め、営業実績よりも“接待力”で評価され、順調に出世していきました。

出世街道を行く「社用族」

一方、当時の私はといえば、企業の決算書を読んでファンダメンタル分析を楽しむ、地味な兼業投資家の卵。派手さもなければ、社交性もなく、自然と窓際に追いやられ、「出世とは無縁の存在」として社内では扱われていました。

窓際族だった私の静かな戦略

しかしながら、私は会社での評価とは別軸で、自分なりの「勝ち筋」を見出していました。それが株式投資です。日々の仕事をこなしつつ、限られた時間と資金を投資に振り分けていく地道な積み重ねが、少しずつ資産と自信を育てていきました。

10年後に現れた“真逆の結果”

そして、40歳を過ぎた頃——。あの社用族は管理職として順調に見えましたが、会社が業績悪化で縮小すると、50歳で早期退職の対象に。一方、私はというと、投資で築いた資産と不労所得のおかげで、会社には居ながらも実質的に「自由」を得た生活を送っていました。

勝負のタイミングがすべてを分ける

この違いを生んだのは、ただ一つ。「どこで勝負をかけるか」でした。かつては出世こそが成功の証でしたが、今はSNS、スモールビジネス、そして投資と、個人が自力で生きる手段が揃っています。時代の変化を読み、自分の土俵を選ぶことが何より重要なのです。

出世という幻想と現代のリアル

今の時代、出世はもはや名誉でも収入の保証でもありません。むしろ、それは「責任と拘束の象徴」と言っても過言ではないでしょう。あえて自分の時間を犠牲にしてまで追う価値があるのか、一度立ち止まって考えるべきです。

私の仕事観:遊ぶように働くとは?

「学生のうちに遊んでおけ。社会人になったら遊べないぞ」と言っていた上司がいましたが、それは古い価値観です。私は“好きなこと”を人生の中心にしたことで、社会人になってからのほうがよほど楽しいと感じています。私にとってその「好きなこと」が、株式投資だったのです。

今も続く「自分との勝負」

32歳で「出世はやめて投資家になる」と決めた私は、リーマンショックのような暴落時に「東京エレクトロン」や「TDK」といった企業の将来性に賭け、「集中投資」を実行。そして持ち続けた結果、FIREという自由な生活にたどり着きました。

今も私は、株式市場で「自分との勝負」を続けています。誰かを批判しても何も変わりません。だからこそ、自分の過去を超え続ける。それが、私が歩む“真の成長”の道なのです。

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