投資勉強会、3年目に入った【前編】
1月の総会と、九州・滋賀・東京へ飛び出した1年
こんにちは、前田嘉一です。
私が主宰する投資勉強会が、2024年11月の第1回から2026年9月で21回目になりました。
現在はコアメンバー6名で、地元で小さく行っています。
いきなり大きくしようとはしませんでした。
それでも確実に動き続けて、投資勉強会はまもなく3年目に入ります。

第1章:1月の総会——「勉強会に総会がある」という正直な驚き
活動報告・決算報告・活動計画・予算を決議した日
今年の1月、初めての総会を開きました。
- 活動報告
- 決算報告
- 活動計画
- 予算
これは会社の年次総会と同じ構造です。
私が参加している他の勉強会でこういうところはありません。
逆にそこまでする必要はないのかもしれません。
でも私がこだわっているのは、出来るだけ民主的に運営されていることです。
そして活動やお金の動きが可視化できることです。
「お天道様に見せても大丈夫であること」
——つまり、正直である運営にしたかったのです。
「会議を夜にして会議室で焼き鳥を焼け」
もちろん総会では全員が対等に発言できます。
かつての勤務先では、派閥政治が支配していました。
そして、20代の猛烈社員だった私は、予算会議前に一生懸命に客先へ営業情報を収集し、売り上げを上げ、資料を作成していました。
さらに営業成績は抜群でしたから、生き生きとして資料を作っていました。
でも勤務先の特徴として、営業の予算会議はすべて前日の飲み屋・昼食で下交渉してから決議されます。
それだけならまだいいです。
一番ひどいのは、会議で決議されてからの夜の飲み屋でひっくり返ることが多々あるのです。
そしてその理由は「派閥トップの○○さんに了承を取っているから」——くわしい説明は一切なし。
「察しろ」でした。
私が口を挟む余地は全くなく、不信感ばかりが募っていきました。
そして「会議を夜にして会議室で焼き鳥を焼け」とかみついたこともありました。
笑い話に聞こえるかもしれません。
でも当時の私は本気でした。
正しいことが正しく通る場所を、ずっと求めていたのです。
「察しろ」の世界に二度と戻りたくない
こうしたことが積み重なって、32歳でうつ病になることにつながっていきました。
また、このことが原因で「隠蔽」や「ごまかし」に対する極度の恐怖と過敏があります。
だから、自分の勉強会くらいはフラットでオープンにしたかったのです。
透明性と対等性
——この2つが私の勉強会の救いになっています。
いきなり大きくしないことは、消極的な逃げではなく、積極的な防衛なのかもしれません。
そして「察しろ」の世界に二度と戻りたくないのです。



第2章:地域を超えた1年——九州・滋賀・東京へ
なぜ外に飛び出すのか
今年の勉強会は、地元の会議室だけではありませんでした。
- 3月に九州へ視察旅行。
- 5月に開催場所を滋賀へ。
- 6月は東京で開催しました。
場所を変えるのは、マンネリ化を防ぐためです。
そしてスポーツでも合宿や対外試合でチームビルディングをするように、外に飛び出すことで見えてくるものがあります。
でも遊びにはしたくない。
行先でも銘柄発表はしっかりやります。
工場視察や現地の投資家さんとの交流もきちんと行う
——この基本軸はブレずにこだわっています。
工場にもオーラがある
工場視察は特に大切にしています。
たとえ中に入れなくても、現場に立って空気を読んで感じることが重要です。
数字にはあらわれない肌感覚。
これは私が育った東大阪の路地裏の雰囲気と似たようなものがあるかどうかを確認する作業でもあります。
そして、人にオーラがあるように、工場にもオーラがあります。
- 成長しそう
- 儲かりそう
これから伸びていきそうな工場は、それなりの雰囲気を出しているものなのです。


6月、個人投資家が経済の現場に立った月
6月の株主総会シーズンは、東京で開催しました。
メンバーはそれぞれ複数社の株主総会に出席し、発言をして参加しています。
JPX証券取引所の見学も行い、地元の投資家さんと投資家バーで交流しました。
投資家として大切なこと——株主として経済に参加すること。
そして企業に興味を持って応援していく。
これが当たり前なんだと改めて思いました。
東京エレクトロンの株主総会——社長が目を見てくれた日
私もメンバーの影響で、今年は東京エレクトロンの株主総会で発言してきました。
- 1997年に営業担当として初訪問したこと
- 2004年に株を買ったこと
- リーマンショックで買い増ししたこと
- それが50倍になってFIREできたこと
——御礼を言いました。
すると社長をはじめ、壇上の役員全員がこちらを見て立ち上がり、深々と頭を下げて御礼を言ってくれました。
私から口を開く必要がなく、向こうから私の存在を認めてくれました。
そして自分がサラリーマンより株式投資家として生きて、この会社を選んだ判断が正しかったと証明された瞬間でした。
- 嬉しかった。
- 感動しました。
- 最高でした。
- 窓際族で誰にも相手にされない屈辱。
- 資産が積み上がっても誰にも言えない孤独。
その21年分が一気に吹き飛び、涙が出そうになりました。
そして総会終了まで、ひとり席に座ってジーンと感銘を深めていました。
総会後にメンバーに報告すると「良かったですね」と共感してもらえました。
それも嬉しかったです。
勉強会を始めたから、こうして誰かと喜び合えるようになりました。


まとめ:外に出て、見えてきたこと
1月の総会・九州・滋賀・東京——今年は「外に飛び出した1年」でした。
場所が変わっても、基本軸は変わりません。
- 全員発表
- 銘柄分析
- 現場への敬意
投資勉強会、3年目を前にこの3つを守り続けながら動き続けた1年でした。
次の記事では、7月に下した「組織化しない」という決断と、3年目に見えてきたことをお伝えします。


投資勉強会、3年目で感じたこと、そしてこのブログ全般のご感想などがあればお待ちしています。
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