資産が初めて1億円を超えた日【後編】
騒げない孤独が感動の正体だった、本当に感動した瞬間はどこにあったのか
こんにちは、前田嘉一です。
前編では、2014年に資産が1億円を超えた瞬間の正直な感覚として、以下の2つをお伝えしました。
- 「砂浜の波のような満潮」という静かな確認
- 1億円がただの副産物に過ぎなかった理由
そしてこの記事では、以下の2つをお伝えします。
- 億り人と騒ぐ人たちとの本質的な違い
- 本当に感動した瞬間はどこだったのか

第3章:「億り人」と騒ぐ人たちとの本質的な違い
騒ぎたい気持ちはわかる
SNSで「億り人になりました」と大きく宣伝する人がいます。
私は、その騒ぎたい気持ちはわかります。
基本的に騒ぐ人は、誰か大勢に認めてもらいたい人だと思います。
そして誰かに認めてもらえたことで救われた人たちだと思います。
私は薄給のサラリーマン家庭に生まれて、両親をはじめまわりには投資をしている人はいませんでした。
勤務先でも一切、株式投資のことは話しませんでした。
退職するときも会社関係の誰にも話していません。
投資の話や、ましてや成功の話をすることで関係性が壊れることを恐れて、自分から口を閉ざしていました。
「騒げない孤独」が感動の正体だった
常に誰にも言えず、隠れ資産家で資産が1億円を超えたまで13年間を要しました。
誰かに言えたなら、騒いでいたかもしれません。
本音は「騒ぎたかった」
——でも言えなかったから、一人で静かに確認するしかありませんでした。
ブログも書いていましたが、当時はフォロワーもなく、内容も企業分析のまとめだけで、自分の資産状況を大いに宣伝することはしていませんでした。
いつもまわりにも言えず、ブログでも投稿せず、いつも一人で静かに資産を確認していました。
この騒げない孤独、いつも一人というのが、感動をなくしてしまうことの正体でした。
「億り人になりました」と騒がなかった理由もここにあります。
「お金が人を変えた」のではなく「人が積み上げた結果が数字になった」
「億り人」という言葉には「お金が人を変えた」「到達した」という含意がある気がします。
でも私の1億円は違います。
お金が私を変えたのではなく、私が積み上げた結果が数字になったという順序です。
お金の金額ではなく、自分のプラン通りに遂行しているか、そのプロセスを重視すること。
主語が違うから、騒ぐ感覚が湧きませんでした。
そして、1億円達成という感動さえもが、孤独によって形を変えてしまいました。
プラン化・仕組み化によって感情が別の方向に移ってしまったのかもしれない。
そういう喪失感もありました。
振り返ると、私も「1億円達成した、認めてほしい」という静かな叫びはあったと思います。
でも孤独の中で投資をするという構造自体を変える勇気がありませんでした。
私は1億円を手に入れました。
その過程で、他人とのつながりや純粋な感動と喜びを、ある意味で犠牲にしました。
それでもなお、その孤独こそが自分を支えた唯一の武器だったのだと思います。


第4章:本当に感動した瞬間はどこだったのか
2026年6月、東京エレクトロンの株主総会
私が本当に感動した瞬間は、2026年6月の東京エレクトロンの株主総会でした。
質問に立ち、以下のことを述べました。
- 1997年に営業担当になったこと
- 2004年に株を買ったこと
- リーマンショック時に胆力で買い増ししたこと
- 現在は50倍になってFIREできた御礼
河合社長からは「こちらこそ長期保有いただき、ありがとうございます」という言葉をいただきました。
それと同時にひな壇の役員のほぼ全員が私の目を見て、一斉に席から立ち上がり、深々と逆に御礼のお辞儀をされました。
そして私も目を合わせました。
そこには長年の信頼関係がありました。
涙が出そうになった理由
御礼を言えたときの、長年の一方的な片思いが成就した解放感。
ーーー報われたということが確認できました。
そして向こうから逆に御礼を言われ、格付けが逆転した瞬間を目の前で見せられました。
この出来事に感動して涙が出そうになりました。
御礼を言えた安堵と達成感、そしてそれまでの長い孤独から離れる少しの哀しさがあったからです。
最初の訪問時に大恥をかいた会社でした。
担当になったばかりのころ、引継ぎ書に「エレクトーン楽器の会社」と書かれていたのをそのまま信じて、半導体製造装置の会社だと知らずに訪問してしまったこと。
——その屈辱からの名誉回復にもなりました。
「自分の判断が正しかった」と証明された瞬間
私は東京エレクトロンの毎年の決算書で、特に研究開発費・設備投資費にどれくらいかけているかを注視してきました。
- 常に半導体製造装置分野で最先端をいってほしかった
- 保守的にならず勝負してほしかった
東京エレクトロンはいつも私のイメージ通りに投資してくれていました。
株価・決算書・ビジネス構造の変化・イノベーションを起こし続けてくれる。
——本当に勤務先よりも応援していました。
だから今年6月に社長をはじめ役員から目を見てしっかりと長期投資の御礼を言われたとき、私の判断が正しかったと証明された瞬間でした。
そして数字よりも、やっと御礼を言えたという感動がありました。
それは資産が1億円を達成したという数字より、はるかに大きかったです。
投資家としての感動は「お金が増えること」ではなく「自分の分析と判断が正しかったこと」にあります。
これが「1億円で感動しなかった」という事実の本質的な理由であり、私の投資哲学の核心です。



締め:数字は「通過点」、本当の目的地はどこか
1億円も2億円も4億円も、すべて通過点だった
私にとって2014年の資産が1億円を超えた時は通過点でした。
そして、2022年のFIRE時の2億円も通過点でした。
さらに2026年現在、4億円になった今も、おそらくこの感覚は変わりません。
なぜなら、私にとってお金の目的は到達することではなく、安心して生き続けることだからです。
今日の散歩が、最高の贅沢
ただ、今日の散歩が最高の贅沢だと感じられる場所を、守り続けたいだけです。
感情という波に振り回されない、静かな感覚だけを感じる状態の場所でいられること
——それが本当の贅沢だとわかりました。
私はお金で、誰も私を窓際族とも億万長者とも見ていない中立な時間、そして今日という一日を、誰にも文句を言われずに歩ける権利を買っているだけなのかもしれません。
無感情は「静寂の境地への入り口」だった
1億円達成時の無感情は、冷たさや空虚さではありませんでした。
アベノミクス相場やリーマンショックという激しい感情のジェットコースターを生き延びた者だけが到達できる、静寂の境地への入り口だったのだと思います。
あなたにとっての「到達」はいつですか。
そしてその先に、何がありますか。



あなたの資産が1億円を超えた日、そしてこのブログ全般のご感想などがあればお待ちしています。
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