窓際族の本当の一日【後編】
上から目線という鎧と、楽天ブログで「見えない仲間」とつながった夜
こんにちは、前田嘉一です。
前編では、FAX転送とマウスを動かすだけの仕事の裏で、四季報CD-ROMをエクセルに落として3,000社を分析し続けた午前中をお伝えしました。
この記事では、以下の3つをお伝えします。
- 孤独な昼食
- 上から目線という鎧
- 楽天ブログで「見えない仲間」とつながった夜

第3章:昼——誰とも食べない昼食と、誰も見ていない午後
一人で食べる弁当——「孤独」か「自由」か
勤務先は派閥意識が強い会社でした。
そして基本は昼食は誰かと一緒につるんで食べに行くのです。
そこで情報交換をするという文化でした。
私はこのつるむという行為が大嫌いでした。
さらに客先より派閥トップや上司の顔色を優先するこの企業風土も嫌いでした。
猛烈社員時代は昼も一人で営業車の中で妻の手作り弁当を食べていました。
そして窓際族になってからは、会社で一人で自分の机か、空いている会議室で一人で食べていました。
さらに誰も誘ってくれませんでしたし、自分からも誘いませんでした。
昼食後は本を読むか、証券会社の株価ボードでも眺めに散歩に出かけていました。
図書館で借りた投資法の基礎理論の本、そして織田信長や豊臣秀吉などの戦国時代の時代小説をよく読んでいました。
「上から目線という鎧」——弱さを隠す方法
一人での孤独な昼食は慣れていました。
そして、つるむより自由を選んでいました。
さらにこの会社のビジネス構造や財務状況は悪くなると分析できていたし、つるんで見栄を張り合う同僚たちを小馬鹿にもできました。
でも、本当のことを言います。
小馬鹿にしていたというのは、本当は寂しかったし、焦ってもいました。
それを認めると心が潰れてしまうので、あえて小馬鹿にするという上から目線という鎧を着て、自分を鼓舞し続けたという状態でした。
そしてこのころは孤独を肯定しつつも、孤独を恐れている自分がいました。
さらに弁当を食べている時は、誰にも邪魔されない、自分のペースで動けるという「自由」を感じていました。
でも、その「自由」の裏側には常に「閉じ込められている」という恐怖が潜んでいました。
誰にも言えない自分だけがコツコツと株のほうで新しい目標を築き上げている。
でも、もし株で失敗したら、見下していた同僚たちに笑われるという強烈なプレッシャーがありました。
そして本当に自信になったのは2013年のアベノミクスによる株価の値上がりからです。
さらにそれまでの10年間は、この隠された弱さや必死さで昼を過ごしていました。
午後——小さな目標が孤独を作業の時間に変えた
昼が終わると、また作業に戻りました。
午前中に「今日の目標」を立てていたからです。
そして「今日は村田製作所とTDKの10年分のROEを並べ替える」という小さな目標でも、それは午後の孤独を作業の時間に変えていきました。
目標という仕組みが、孤独を武器にしていました。


第4章:17時——時計が動いたことを確認して、帰る
最初は「屈辱」だった退勤が「達成感」に変わった
毎日の締めは、時計が17時まできちんと動いたことを確認する作業でした。
- 何も言わずに席を立つ
- 誰も引き止めてくれません
- 「お疲れさまでした」とも言ってくれない
そして、それが当たり前になっていました。
最初はそれが屈辱でした。
でも、だんだんと余裕が出てきて、17時の退勤が達成感に変わっていきました。
- 今日も四季報CD-ROMから1時間分のデータを落とせた
- 今日でハイテク株に関して20社分の分析が終わった
——投資のことは勤務先では一切しゃべらず、ひとりで静かに達成感を得ていました。
「1時間ちょっと×21年間=1万時間」の積み上げ
こうして2022年にFIREするまで21年間、毎日1時間ちょっとプラスアルファの作業を続けました。
そして、21年間で積み上げた時間は1万時間になります。
意志でやったのではなく「行けば時間がある」という仕組みがあったからです。
窓際族という立場が、時間という仕組みを自動的に与えてくれていました。
私は窓際族になって勤務先から排除されたことが、逆に株式投資家として企業分析できる、誰にも邪魔されない完璧な真空状態の場所だったのです。
そして最初は寂しさや不安を感じましたが、時間が経ち資産が増えるにつれて、この孤独こそが「邪魔されない」という最高の報酬になりました。


第5章:帰宅後——楽天ブログで「見えない仲間」とつながった夜
子供が寝た後に、ブログを書いた
家に帰ってから、まだ小さかった子供たちを寝かしつけてからは楽天ブログを書いていました。
ほぼ毎日書いていました。
中身はその日の日経平均株価と売買した銘柄と株数、そしてその日分析した企業や気になるビジネス構造などです。
そして売買はほとんどしませんでしたから、売買なしや様子見が多かったです。
さらに他のブロガーさんの株ブログにコメントも書いていました。
逆に私のブログにも書いてくれたりもしていました。
当時は楽天ブログが株のブログではメジャーでした。
そして会ったことがなくてペンネームで本名も知らない、たくさんの投資家と知り合いになりました。
「会社では誰も話しかけてくれないのに、ブログには反応がある」
読んでいてくれる人がいることのありがたさを思うようになりました。
会社では誰も話しかけてくれないのに、ブログには反応がある
——この嬉しさは格別でした。
私が企業とビジネス構造を分析して「この会社には投資価値がある」という投稿をすると、みんなが注目して認めてくれました。
そして、たまに「あなたの分析のおかげで救われました」というコメントも来ました。
それは嬉しくて生きがいになっていきました。
認められるブログを書くために翌日も会社に行く
——という逆転した動機が生まれていきました。
当時の投資家では以下の4名を目標にしていました。
- CMBの内田博史さん
- 投資情報.COMのマネーマスターしんさん、木下洋介さん
- ワイルドインベスターの安間伸さん
そして竹田和平さんのブログを読んで、将来はこんな人になりたいと憧れていました。
勤務先では目標や憧れの人物はいないのに、投資ブログの世界にはいました。
- 本当の真実の言葉で話す人
- 後で調べても真実である人
- 私が納得して腹落ちする人
そして私には身内も周りも投資家はいませんでしたから、勉強はこういった信頼できるブロガーをメンターにするか、図書館の本だけでした。
35年後に花開いた「見えない発信」
私にとってこのブログの習慣が、現在のブログ・X発信・みんかぶマガジン掲載という発信につながっています。
子供が寝静まった誰も見ていない部屋での孤独な発信が、見えない形で積み上がっていきました。
そして、当時から会いたいと思っていたブロガーさんに、FIREしてから直接お会いして、当時の御礼を言ったり、お話ししたりしています。
さらにバリュー投資をしている人が多かったので、私も成長しましたが、相手も成長しています。
戦友みたいで当時のことを楽しく話せます。



締め:「空白の時間」が「1万時間の勉強」になった理由
誰も話しかけてこない部屋で、私は何をしていたのか。
そして答えは、今の4億円の土台を毎日1時間ちょっとずつ、誰にも知られずに積み上げていました。
それは意志の力ではありません。
窓際族という立場が、時間という仕組みを自動的に与えてくれたからです。
そしてその時間に企業分析をして、夜はブログで発表して、見えない仲間から認められていく。
- 弱かったから、1万時間が積み上がりました
- 弱かったから、見えない仲間とつながれました
さらに、あなたにも、誰も見ていない場所で続けていることがありますか。
そしてそれが、あなたの1万時間になっているかもしれません。


窓際族の本当の一日の話など、そしてこのブログ全般のご感想などがあればお待ちしています。
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