窓際族の本当の一日【前編】
誰も話しかけてこない部屋で「竜が臥せる」を勝手にシミュレーションしていた
こんにちは、前田嘉一です。
窓際族になったのは2001年のことです。
猛烈社員として間違った方向に強すぎて、うつ病になってしまいました。
療養中に「金持ち父さん貧乏父さん」を読んで、資産を積み上げていく道に賭けてみようと決めました。
そして、もう猛烈社員という間違った方向には進まないために、自ら窓際族を希望しました。
最初のころ、私の仕事は17時まで時計がきちんと動くかを確認することでした。
そして誰も話しかけてこない。
さらに電話も鳴らない。
ただ、時間だけが静かに流れていました。
その部屋で、私は何をしていたのでしょうか。
冒頭:「竜が臥せる」という内面のシミュレーション
2001年当時は不況でリストラが流行っていました。
そして会社は自主的に退職してほしいという意図もあったのでしょう。
さらに見せしめ的な意味もあったのかもしれません。
そのため誰もが関わりたくないという空気の中で、ひとりでいました。
そして、みじめでもありました。
でも、会社のために猛烈社員に戻ろうとはしませんでした。
うつ病に戻ることを何としても避けたかったです。
- 目立たず大人しくする
- 会社のために頑張りすぎない
- うつ病にならない
これを頭の中で何度も繰り返していました。
その代わりに頭の中では、株式投資のことを考えていました。
そして株で成功した自分の姿をシミュレーションしていました。
「竜が臥せる」という言葉があります。
英雄や優れた才能を持つ人が、まだ世に現れずひっそりと身を潜めている様子を表す言葉です。
そして私はそれを勝手にシミュレーションしていました。
会社の出世ではない、違う道でお金持ちになる。
今はただひっそりと臥せている。
さらにその感覚だけが、誰も話しかけてくれない部屋での支えでした。
第1章:朝——出勤してから、最初にやること
私の仕事は「FAX転送」と「マウスを動かすこと」
私の具体的な仕事は社内LAN設備の担当でした。
といっても、業者からのFAXを各店所に転送するだけの仕事。
朝、転送してしまえばそれで終了でした。
でも私一人のためにデスクトップ型のパソコンがありました。
テスト用のメールを私のアドレスから送るためだけのパソコンでした。
そして自分の机のPCモニターはまわりから見える状態でした。
さらに最初のころは使用していないのでいつもスクリーンセーバーのWindowsのロゴがふわふわと動いていました。
それが、自分がいつも仕事がなくサボっているようで嫌でした。
だからスクリーンセーバーにならないよう、PCのマウスを定期的に少し動かすこと。
そして、これが17時まで時計がきちんと動くかを確認する仕事の次の仕事になりました。
- 朝、FAXを転送する
- 定期的にマウスを動かす
- 17時まで時計がきちんと動くかを確認する
これが最初の仕事でした。
「行けば自分の時間がある」という感覚への変化
みじめでしたが、決して猛烈社員にはならず、株で成功するという気持ちを守り続けることだけが頼りでした。
最初は「会社に行きたくないけど行かないわけにはいかない」という気持ちが強かったです。
でもだんだんと余裕が出てきて「行けば自分の時間がある」という感覚に変わっていきました。
スクリーンセーバーを解除するのもエクセルの画面を開いておくことで、後ろから見ても作業中に見えることがわかってきました。
そのうちにまわりの目は、
「いざ本気を出せばものすごく仕事ができる人」
という扱いになっていきました。
そしてだんだんと見せしめにされているのも、周りも自分も気にしなくなり、まるで空気のようで、自分のための時間がたっぷりある社員
——これで21年間過ごしていきました。


第2章:午前中——四季報CD-ROMとエクセルの世界
画面一杯に数字が並ぶ——「仕事をしているふり」の本物の作業
暇な時間の自分の作業は、四季報CD-ROMのデータをエクセルに落として、様々な数字を昇降順で並べ替えることでした。
そして画面いっぱいに数字が並ぶので、遠くから画面を見ると本当に数字で作業しているように見えました。
重視したのは3つの指標です。
- ROE(自己資本利益率)
- 利益剰余金
- 海外売上比率
そして勤務先も上場会社でしたのでこのデータに入っており、勤務先と対比しながら各データを調べていました。
「私がおかしいのではなく、この会社がおかしい」——データが教えてくれた日
特に儲けの指標であるROEで、勤務先は「N/A(判定不能)」でした。
つまり
- 赤字で全く儲かっていない
- 利益剰余金もなし
- 海外売上比率もゼロ
数字上では会社として機能していないことがわかったのです。
「私がおかしいのではなく、この会社がおかしいのだ」
——冷静にデータが教えてくれました。
これは私にとって決定的な瞬間でした。
猛烈社員として数字を上げても報われなかった理由が、データによって客観的に証明された瞬間でした。
そして「会社への怒り」が「分析という行動」に変換された瞬間でもありました。
2001年から2010年ごろは不況と人余りで中途採用している会社はありませんでした。
転職できるわけでもありません。
だから窓際族でいるほうがまだましと思うようになってきました。
そして、それよりも投資のほうに軸を移すほうが最適解であるという具体的な行動への道が開けました。
「義務感」が「知的好奇心」に変わった瞬間
このデータの並べ替え作業は、最初は「仕方なくやっている」という感覚でした。
でもだんだんと数字を並べていくうちに「この会社とこの会社はこんなに違うのか」という発見の喜びが生まれてきました。
そして上場3,000社について、会社の特徴を一言で言えるようになっていきました。
- ビジネス構造
- 財務内容
- 将来性
これらを見て、自分なりの判断で買ってよい銘柄、ダメな銘柄がわかってきました。
現在4億円のポートフォリオの主力である
- 東京エレクトロン
- TDK
- 村田製作所
- 任天堂
- キーエンス
これらを見つけ出したのも、この作業からです。
勤務先と真逆の会社が投資先に適合していること
——この発見が、単なる時間つぶしを「人生の戦略的な作業」に変えた転換点でした。
私は窓際族という立場を、暇つぶしの場所ではなく、自分の投資能力を磨くための「訓練場」として再定義していきました。



まとめ:弱さが「訓練場」を作り出した
窓際族という立場は、意志で作り出したものではありませんでした。
うつ病になり、猛烈社員をやめて、自ら窓際を希望したこと。
——それは弱さからの撤退でした。
でも、その弱さからの撤退が、時間という最大の資源を自動的に与えてくれました。
その時間が「訓練場」になっていきました。
でも、その弱さを認めることができたから、午後のエクセルの画面が怖くなくなりました。
弱いまま、続けることを選んだのです。
次の記事では、
- 昼の孤独な弁当
- 上から目線という鎧
- 楽天ブログで「見えない仲間」とつながった夜
これらをお伝えします。→【こちら】



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