月収17万円から最初の1年|今年4億円|天引きの仕組み【前編】

月収17万円から最初 1年 自分軸の生き方・胆力・教育
月収17万円から最初 1年

月収17万円から始めた私が、最初の1年でやったこと【前編】

天引きという仕組みが、35年間を支えた

こんにちは、前田嘉一です。

2026年、資産が4億円になりました。

原点は、1991年4月15日の初任給17万円でした。

そしてその日のうちに10万円を消しました。

意志ではなく、天引きという仕組みで消したのです。

あの日の一つの決断が、35年後の4億円の本当の出発点になりました。


第1章:初任給17万円——その日に10万円を消した理由

研修だけで17万円がもらえた

1991年4月15日、4月分の給料が振り込まれました。

勤務先の業界は、もともと契約の最初に半分、完了時に残り半分を支払う風習がありました。

そのため毎月15日にその月の給料がもらえます。

つまり最初の初任給は、入社からわずか15日でもらえてしまいました。

入社後の15日など、新人は研修や歓迎会をするだけです。

そして会社に何も貢献していないのに、手取り17万円もくれる。

最初は不思議に思いました。

なぜなら学生時代のアルバイトより大きな金額だったからです。

そして謙虚に、もらい過ぎだと感じました。

「7万円だけ受け取る」と決めた

学生時代にアルバイトで「すごくたくさん働いた」と実感した月が7万円でした。

あのときが人生で最高にもらった給料だったのです。

だからその7万円を自分が働いた分として受け取り、残りの10万円は天引き貯金にしました。

全額もらって、節約して残ったお金を貯金するのではありません。

そして最初からなかったものとして処理する。

さらに毎月節約して残そうとする意志を、最初から持たない。

自分は意志が弱いとわかっていたからです。

最初から約6割を消してしまう前提で仕組み化しました。

そして自宅から通勤していましたので、7万円あれば十分暮らしていけました。

さらに面倒くさいのもあったと思います。

最初からなかったものとすればいい

——そう思いました。

「ローンの練習」という発想

10万円を消すことにした理由がもう一つありました。

将来組むであろうローンの練習です。

そして当時のTVや週刊誌には「毎月10万円のローン払い」という生活が話題になっていました。

常に毎月給料から10万円が消える生活

——これに今から慣れていくことも大切だと考えました。

社会人になって「将来の安心」や「大人としての責任」への不安と怖さがありました。

ここに慣れていこうと考えたのです。

毎月10万円の内訳——初任給で投資家になった

毎月10万円の内訳は以下の通りです。

  • 自社株購入:3万円(ボーナスは10万円)
  • 財形貯蓄:4万円
  • 財形住宅貯蓄:3万円

私は初任給で投資家になりました。

でも投資家になったという実感は全くありませんでした。

そして、もらい過ぎだと思っていたものを会社に還元したという意味合いでした。

手数料はありません、時価の5%引きだけが魅力の自社株。

  • ビジネス構造
  • 財務
  • 将来性の分析は

一切しませんでした。

そして単なるもらい過ぎへの罪悪感と、「男気」だけで買った最初の投資でした。

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第2章:「最初からなかったことにする」——天引きという仕組みの本質

東大阪で見た「あるだけ使う」という世界

私の幼少期は東大阪で過ごしました。

そして家族経営の町工場が並ぶ街でした。

受注量がそのまま収入になるこの街では、儲かっているときの工場の社長は、近所の駄菓子屋兼定食屋で気前よく奢ってくれました。

私もたかっていました。

お金があると気が大きくなり、その分を使ってしまうのです。

あるだけ使う

——この姿を子供のころから見てきました。

逆にお金がなくて荒れているときも見てきました。

そして、お酒も入っているから声が荒げられて、そちらのほうが余計に嫌でした。

また、近所では就職したら新車をローンで買うというのがステータスでした。

貯金をはたいて頭金にして、給料で車のローンを返していく。

車のために働く

——そんな先輩たちを見てきました。

心ではかっこよくて羨ましいのですが、何か違うと感じていました。

「巻き込まれてしまうかもしれない」という恐怖

中学生のときに「お金持ちになりたい」と思ってからは、「あるだけ使う」「車のために働く」こんな姿にはなりたくないと決めていました。

でも、まわりはこういう人がたくさんいました。

  • 悔しい
  • みじめ
  • 負けず嫌い

という感覚が刺激されて、巻き込まれてしまうかもという不安がありました。

そして分かっていても要らない勝負をしてしまう

——自分は意志が弱いとわかっていたからです。

「節約」ではなく「最初からない前提」にする

だから、給料をもらう前の最初からなかったことにする。

天引きという仕組みにしました。

もらってから節約して貯めると、毎月ストレスがかかります。

でも最初からないものとして処理すると、ストレスがありません。

この仕組みによって、

  • あるだけ使う人
  • 車のために働く人たちが

だんだんと離れていきました。

羽振りのない人のように思われたと思います。

でも、奢り奢られの世界・見栄の張り合いの世界から離れたかったです。

就職を機に住む世界が変わったと考えて、別に構わないと思っていました。

仲間外れにされる恐怖や寂しさよりも、お金持ちになりたいという気持ちのほうが強かったからです。

私としては見栄を張る承認欲求を欲していたのではなく、見栄を張らずに済む状態こそが真の勝者の姿だと考えていました。

「意志が弱いから仕組み化した」という逆説

もし自分が意志の強い人間ならば、天引きの仕組みには頼りませんでした。

でも意志が弱かったから、こうして仕組みを作り、35年間続いています。

そして今はかなり減らして毎月1万円になりましたが、知らぬ間に確実に増えているのを知ったときの喜びは格別です。

普通は「意志の力で我慢・節約すべき」と考えます。

でも私は「意志が弱いから仕組み化」しました。

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まとめ:弱さが「仕組み」を生んだ

初任給の日に10万円を消しました。

意志ではなく、仕組みで。

  • 東大阪で「あるだけ使う」大人たちを見てきたから。
  • 自分も巻き込まれてしまうかもしれないという恐怖があったから。
  • 意志が弱いと自分でわかっていたから。

そしてその弱さが「天引き」という仕組みを生みました。

さらにその仕組みが35年間続き、今の4億円の出発点になりました。

この変化が、後に窓際族という空白の時間を「1万時間の勉強」に変えていく原動力になりました。

月収17万円から最初の1年、出発点がすべての始まりだったのです。

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