コロナショックで「売ろうか」と思った瞬間
半導体の未来に気づいた日
こんにちは、前田嘉一です。
2020年3月、東京エレクトロンの株価が急落しました。
2013年のアベノミクスで株価が騰がり、購入額の4〜5倍になっていました。
それはすでに定年時にもらえる退職金の額も超えていました。
窓際族生活も18年近くになっていたので、会社で空気のような扱いにも慣れていました。
東京エレクトロンの株は、毎日の窓際族生活での守護神でした。
「これがあるから、17時まで時計がきちんと動くかどうかを見守る仕事を続けられた」
——そういう存在でした。
そこにコロナがやってきました。
リーマンショック以来の恐怖でした。
私は初めて、売ることを真剣に考えました。
第1章:「売ろうとした」——弱さの正直な告白
なぜコロナだけが特別に怖かったのか
リーマンショック・東日本大震災でも大きなショックはありました。
でも結局は「戻る」とシナリオが見えていました。
- リーマン・ブラザーズ破綻から金融信用が回復する
- 東北大震災は復興で戻る
——いつ戻るかはわからないが、「いつかは戻る」という腹の括り方ができました。
V字回復のシナリオがぼんやりとわかっていたのです。
でもコロナは違いました。
原因が「ウイルス」という未知のものでした。
当時は治療法もわからず、ただ隔離のみ、なすがまま。
パンデミックという言葉が一番怖かったです。
「見えない敵」への恐怖は、リーマンショックの「数字の恐怖」よりはるかに大きかったです。
- 復活のシナリオが作れない
- リーマンショックを乗り越えた自信が、全く違う種類の恐怖に通用しない焦り
「12年間積み上げてきたルールが、今回は使えないかもしれない」という根底からの不安がありました。
頭では「売れ」、でも指が動かなかった
恐怖から、私はすべて売って手仕舞いしようとしました。
でも実際に画面を立ち上げて売り注文を出そうとしても、指が動かなくなるのです。
- 震える
- 躊躇する
- 別のことをしようとする
- トイレに行きたくなる
——サボタージュが始まるのです。
頭では「売り」と決めているのに、指が言うことをきかない。体のほうが正直でした。
売ろうとしながら「でも何で売るのか、根拠があるか」と自問しました。
私は、しっかりとした根拠やマイルール、マイプランがあり、頭と心と身体と指が一致しないと凍結反応を起こして動けなくなります。
この一致しないまま頭の中でグルグル回ると、うつ病になってしまいます。
だから「恐怖を感じたら休む場」というルールが、この瞬間に機能しました。
- ウイルスという見えない敵の恐怖
- 株価が下がっていく恐怖
- プランが作れない恐怖
これらが重なって、コロナショックで売ろうとしても指が言うことをきかず、何もできませんでした。
私は弱かったのです。

第2章:コロナで気づいた半導体の未来——恐怖が確信に変わった瞬間
テレワークで見えてきた「デジタルの未来」
コロナ禍で緊急事態宣言が出て、テレワークが始まりました。
窓際族だった私も出勤せず自宅で仕事をすることになりました。
当時の私にはノートパソコンはなく、携帯電話だけでのテレワークでした。
会社での仕事は元々なかったので、テレワークでもさらになくなりました。
始業と終業時に上司へ電話するだけ。
ある意味、空気の扱いから「声だけ存在する人」に昇格しました。
テレワークの時間、自宅のPCで「VPN接続」と「クラウド」について勉強しました。
窓際族初期に社内LAN担当だったので、その進化系として自然な流れでした。
勉強すればするほどわかってきました。
ネット環境があればどこでも仕事できる時代が来る。
「会社に行かなくても良い」
——これは衝撃でした。
そのために必要なのはノートパソコン。
その心臓部が半導体。
それを作る機械を作っているのが東京エレクトロンです。
「デジタル恐るべし、半導体恐るべし」——破壊の恐怖が確信に変わった
「半導体がなければこの世界は動かない」という気づきが来ました。
- 仕事において出勤しなくていい
- 中間管理職も、私のような窓際族もいらなくなる
- 効率化が一気に進む
- デジタル化によって旧態の働き方が破壊されていく
——「デジタル恐るべし、半導体恐るべし」という恐怖が湧いてきました。
そのとき、幼少期に東大阪の路地裏で夜逃げする工場を見たころから変わらない「破壊されることへの恐怖」が浮かんできました。
ついに私もコロナによって破壊される側に回ったのかと。
でも、その恐怖が逆転した瞬間がありました。
勤務先は橋梁や高速道路などの社会インフラが完成・発達すると衰退していく会社でした。
社会インフラの発達というイノベーションで破壊される側にいました。
それと全く同じ構造が、デジタル化という新しいイノベーションで起きている。
その恐怖の最大化がコロナだったのです。
でもこの恐怖が「半導体の未来」という答えを明確にしました。
半導体を作る機械の最先端企業が東京エレクトロン。
勤務先はもう守ってくれない。
でも東京エレクトロンは機能的に完璧だと思いました。
この東京エレクトロンが新しい強い守護神になってくれる——絶対的な信頼を寄せようと思いました。
「破壊されていく勤務先、人事制度」から、「半導体・東京エレクトロン」によって逆転させ、自分は破壊される側ではなく、未来を築く側になれると思いました。

第3章:売らなかった理由——「弱さ」が最終防衛線になった
「恐怖センサー」が機能した
コロナ直後、まだウイルスが何者かわからない時期は「恐怖センサーが反応しているときは休む場」というルールで休んでいました。
その後、だんだんとコロナ禍の対応が見えてきて、半導体の未来への確信が固まりました。
「売る根拠がない」という結論に至りました。
「売らなかった」のは勇気ではなく、弱さからでした。
コロナ禍で自分のプランが作れない。売ろうとしながら「何で売るのか、根拠があるか」と自問する。
迷いと恐怖で頭では「売り」と決めても、身体と指が言うことをきかない。
凍結反応を起こすなか、かろうじて「恐怖を感じたら休む場」というルールが最終防衛線になりました。
弱かったから、勝てた
強かったらすぐに「損切りで売る」と決断できたはずです。
弱かったから、迷っているうちに「半導体の未来の確信」が出てきました。
コロナショックの後、東京エレクトロンはさらに上昇しました。
売っていたら取り返せませんでした。
守護神も手放すことになっていました。
弱かったから恐怖に迷い、休んだから、勝てました。
弱さを武器にしたのです。
この経験が、次の暴落への準備になっています。
みんなは「強くなれ」と言う。私は「弱いまま生き残る」
みんなは「損切りしろ」と言います。私は「売れない前提」で持ちます。
みんなは「感情を無くせ」と言います。私は「感情はどう扱うかが強さの鍵だ」と思っています。
他の投資家は強くなる方法を書きます。私は弱いまま生き残る方法を書きます。
「弱かったから勝てた」
——これが私の投資スタイルにおいて「心理的な側面」を最も重要視する理由です。



締め:「破壊されることへの恐怖」が投資哲学になった
コロナショックで気づいたことがあります。
私が常に「破壊的イノベーション」を起こす企業を探し続けるのは、戦略ではなく恐怖からだということを。
東大阪の路地裏で夜逃げする工場を見た子供のころから、私は「破壊される側」になることを誰よりも怖れていました。
その恐怖が、東京エレクトロン・TDK・村田製作所という「破壊者」を見つけ続ける動機になっている。
そしてその株を持つことが守護神になることを。
「恐怖」を原動力として利用し、破壊される恐怖を「破壊する側への投資」という戦略に変換する。
これが、コロナショックで売ろうとして売れなかった弱い投資家が、最終的に辿り着いた投資哲学です。


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