資産4億円になった今、私が次に目指していること【後編】——お金という道具の使い方と、マスタリー・フォー・サービスという哲学
こんにちは、前田嘉一です。
前編では「お金が目標から道具に変わった日」を、中編では「3つの生きがい——投資勉強会・スポーツコーチ・ブログ発信」をお伝えしました。
この記事では、4億円というお金を次にどう使うのか、そして私が目指す「マスタリー・フォー・サービス」という哲学と、竹田和平さんとの忘れられない出会いについてお伝えします。
次に目指すこと——「地域の孤独解消」という目標
スポーツ協会委員として見てきた「孤独」
地域のスポーツチームでのボランティアコーチがきっかけで、FIREしてからスポーツ協会の委員も務めるようになりました。
スポーツ協会の目的はスポーツの普及と、生涯にわたってスポーツに関わってもらうこと。
最低でも街の子供を応援するために外に出てほしい。
太陽の光を浴びてほしい。
私もかつては、窓際族で静かな退職を選び、孤独に株式投資をしていました。
それが地域のコミュニティ活動によって救われました。
所属者が対等でみんながつながること
——会社では空気のような扱いでしたので、その経験があるからこそ、孤独の解消が次の目標になっていきました。
「マスタリー・フォー・サービス」という言葉との出会い
「マスタリー・フォー・サービス(Mastery for Service)」という言葉を学びました。
利他貢献(りたこうけん)ともいって、自分の利益ではなく他人の利益と社会のために尽くすことです。
次に目指すテーマとして、ぼんやりとしていたものから、はっきりとした輪郭ができあがりました。
投資で磨いたスキル(Mastery)を活かして、本気で地域に貢献(Service)すること
——これが私にとっての次の目標です。
「強権で引っ張る」ではなく「奉仕して支える」
私が目指すリーダー像も変わってきました。
強権で引っ張るのではなく、まず「奉仕(サービス)」し、対等な立場でメンバーたちを支えることで組織を導くリーダー。
窓際族で「空気のような存在」だったからこそ、人を支配することへの違和感が強い。
「対等であること」にこだわり続けてきた自分が、次に目指す姿です。
竹田和平さんとの出会い——「温かい金色のオーラ」
私が尊敬する投資家
私が目標として尊敬する投資家に「竹田和平」さんがいます。
「旦那道の教え」で知られる方で、戦後ゼロから自ら資産を築き、「徳を積む」という哲学を実践し続けた人物です。
2009年、名古屋の御園座で
2009年ごろ、名古屋の御園座で偶然お会いしました。
初めましてのあいさつに対して、笑顔で2〜3言話してくれました。
このときの温かいオーラは今でも忘れられない。
信じてもらえないかもしれませんが、本当に戦後ゼロからお金持ちになって、自ら徳を積んだ人のオーラは違うのです。
今まで出会った人の中で飛び抜けていました。
私には温かい金色——金ぴかでなく、いぶした金色——に見えました。
私もこうなりたいと思っています。
資産4億円、お金という道具を、次にどう使うか
今は配当と分配金で生活できている
今は株や現金で4億円になりました。
4〜6月は半導体関連・電子部品株が総じて値上がりし、2ヶ月で1億円の時価総額が上がりました。
生活費は配当や分配金で賄うことができています。
今57歳、65歳で年金をもらえるとすれば、お金の面ではもう心配がありません。
「派手に使えばいい」という助言への正直な答え
仲良くなった投資家さんから「時間とお金があるのだから、派手に使って贅沢すればいいじゃないですか」と勧められます。
「若くて動けるうちに使っておかないと、年老いてから使おうとしても身体が動かなくなるよ」とも。
でも、派手に使うのはちょっと違うという感じがするのです。
派手に使うために株でお金を稼ごうと企んだのではありません。
「お金は使うためにある」か「守るためにある」か
私は「お金持ち」になりたかった。
目標は税抜き生涯賃金の2億円。
「金持ち父さん貧乏父さん」に書いてあった「資産をたくさん集める」を実践した。
気づいたら運よく生き残っていた。
この資産は私にとって常に「安心を与えてくれるもの」でした。
4億円になって、使いきれないことは確かです。
PCの画面に現れる「4億円」の文字だけの世界。
それは、いざというときでも何かできる「安心感」。
この安心感のためだけに、窓際族で静かな退職を選び積み上げてきました。
私にとってお金は使うものでなく、安心感を得るために持っているものだとわかってきました。
「4億円を守ること」が25年の証明
25年前から防衛資金として500万円を命綱として握っていました。
そしてこの命綱があるから、窓際族でも、個別株投資でも怖くなくなれた。
私は25年間、「もしもの時」に備えて、常に命綱を握りしめて生きてきました。
500万円という命綱が4億円になった今でも、その命綱を握りしめている感覚こそが、私を「生き残った人」たらしめているのです。
もし私が4億円を「贅沢」のために使えば、それは「もう戦う必要がない」という宣言になります。
過去の25年間の緊張感や、恐怖と戦いながら積み上げてきた努力そのものが、無駄だったと否定されるのと同じ感覚なんです。
「お金は使うためにある」と言われます。
でも私にとって「お金は守るためにある」のです。
守り続けること自体が、私の人生の目的であり、安心の源泉でした。
それを「使い果たす」ことは、「自分の人生の防衛ラインを自ら崩すこと」に他なりません。
4億円という数字を守り続けることこそが、私の25年間の人生を正当化する唯一の証明なんです。
それでも、少しずつ「次に渡すもの」に変わってきている
でも今では、その4億円がさらに増えていくことには喜ばしくて反対しないが、逆に多すぎるかもしれないという気持ちもあります。
守り続けることが目的だったお金が、今は少しずつ「次に渡すもの」に変わってきている。
これが資産4億円、お金という道具になって初めて気づいた、新しい関係です。
「マスタリー・フォー・サービス」や「竹田和平さんの旦那道」
——これからは「徳」というものに使っていきたい。
自分の贅沢や満足のためではなく、次の世代や地域に還元されていくものとして。


締め:「豊かさ」の再定義
4億円持っても、散歩することは変わりません。
「生きがい」とは、お金の額ではなく、毎朝続けられることの中にあるものだと気づきました。
東大阪の路地裏で「お金持ちになりたい」と誓った中学生は、今朝もツバメの巣を心配し、カルガモの子育て風景を探しながら街を歩いています。
それが最高の贅沢であり、最高の安心感であり、最高に地域に対する恩返しになるかもしれないと思っています。
そして、それが今の私にとって一番豊かな時間です。
あなたの「毎朝続けられること」は何ですか。
それが、あなたの生きがいかもしれません。




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