資産4億円になった今、私が次に目指していること【中編】——3つの生きがい、投資勉強会・スポーツコーチ・ブログ発信
こんにちは、前田嘉一です。
前編では、東大阪の路地裏で「お金持ちになりたい」と誓った中学生が、窓際族21年を経て2億円でFIREし、今4億円になるまでの経緯をお伝えしました。
そしてお金は「目標」から「道具」に変わったことも。
この記事では、その道具で何をするのか
——今の私を支えている「3つの生きがい」についてお伝えします。
資産4億円、今の私を支えている3つの生きがい
資産4億円で3つの生きがいに入る前に、一つだけ伝えておきたいことがあります。
この3つに共通するのは「誰かと繋がること」です。
窓際族で「誰も話しかけてくれなかった」21年間の裏返しとして、今の生きがいはすべて「対等な関係の中に」あります。
①投資勉強会——21年間の孤独が、ようやく「戦友」を見つけた
FIREするまで、21年間ひとりだった
個別株投資を始めてFIREするまでの21年間、私は一人孤独に投資をしていました。
窓際族で静かな退職を選び、最低限目立たないように投資をする道を選んだからです。
投資ブログで発信はしていましたが、ブログ内の人たちと会うことはしませんでした。
怪しさもあり、騙されると思っていたからです。
孤独だからこそ「自分なり」の投資法を身につけることができましたが、他の人の投資法や「あの暴落のときどう感じたか」という話ができなかった。
手の内を明かしたくないという思いもありました。
だから最初の勉強会参加は怖かったです。
「リーマンショックのとき、あなたはどう感じたか」を聞きたかった
今は色々な勉強会に参加して、同じ投資家の話をまず聞くようにしています。
投資歴が長い人には積極的に話しかける。
「戦友」みたいな感覚で、あの時どう感じたかという話をしたい。
特にリーマンショック、東日本大震災、アベノミクスのイベントで投資をされていた人とは、必ず強い思い出があるはずだと思っています。
逆にこの3つで思い出を語れなくて「すご腕投資家」と語っている人は、少し疑っています。
キーエンスを買えた日——「おめでとう」と言ってもらえた
私の投資勉強会のメンバーに「キーエンスを20年ずっと追いかけている」という話をしていました。
ビジネス構造・財務状況・国際性・成長性すべてが素晴らしいが、株価が高くて下がらないと。
トランプ関税の時期の決算発表で株価が下がったら買うという話もしていました。
そして実際に2025年12月、52,270円で買えたと発表したら「おめでとう」と祝福の言葉をいただきました。
欲しい銘柄を20年待って買う執念が、どれだけすごいことかを理解できる人たちに囲まれている。
株をやっていることを隠し通してきた21年間が、投資家さんの前だと180度変わって話せる。
この感覚が生きがいです。
21年間の孤独が、ようやく終わった
FIREするまで投資のことは、自分の頭の中だけで完結していました。
生活をかけた濃い21年間でしたので、経験したことや話したい内容はたくさんある。
でも誰にも話せなかった。
21年間、誰にも理解されず孤独に戦ってきた自分が、ようやく「同じ戦友」に出会えて、初めて「自分自身の人生」を取り戻せました。
それが生きがいです。
②地域ボランティア(スポーツコーチ)——「必要とされる場所」で蘇生した
「子供が私の目を見て話を聞いてくれる」
私は2010年、子供が地域コミュニティのスポーツチームに入会したのをきっかけにコーチになりました。
最初はお金を使わないレジャーとして始めたのですが、こんなにのめり込むとは思いませんでした。
純粋な子供たちが私の目を見て、真剣に言葉を聞いてくれる。
会社では「もう終わった人」という評価で、上司も役員も誰も目を見て話を聞いてくれなかった。
でもここでは、コーチである私を必要としてくれているのです。
コーチ間、保護者間の信頼関係も深く築いていく。
最高の居場所でした。
この居場所を離れるくらいなら、FIREする
2022年、年功序列で昇格の辞令が出ました。
そのまま進めば定年退職できる。
でも地方転勤で土日は休みではありませんでした。
この居場所を離れるくらいならFIREすると決めました。
会社という空気の場所で昇格して収入が上がっても意味はない。
信用してくれて、必要とされている場所での子供たちとの時間のほうが、生活にメリハリがついていい。
それほどまでに、ここは私にとって大切な場所でした。
FIREした今は、スポーツ協会の委員へ
FIREしてからは、チームの上部であるスポーツ協会にも所属するようになりました。
子供たちのことを中心に、街の人たちにスポーツの普及や生涯スポーツに関わってもらうよう活動しています。
街の人たちにまず外に出て、太陽の光を浴び続けてほしい。
私の次にやりたいことは、私がそうであったように「会社以外の必要とされる場所を街で作ること」。
太陽の光を浴びてもらうこと。
それで私も「蘇生して」成長できた。
窓際族時代の生きがいを継続させるために、あえてFIREしたのです。
③ブログ・X発信——「幸存者の実録」を届けたい
「成功者」ではなく「幸存者」として書く
今のブログやXでの情報発信も楽しいです。
今は「出世もせず、会社も愛せなかった自分が、弱さを抱えながら資産を築いた幸存者の実録」というテーマで書いています。
できるだけ「成功」「すごい」「簡単」などの言葉を使わず、「弱いから勝てた」「恐怖と共存したから勝てた」「耐え抜いたから勝てた」を前面に出したものにしています。
「成功者ではなく、ただ生き残っただけ」
——窓際族で投資を続けた21年間、
そしてその後について書き綴っていきたいと考えています。
みんかぶ・Yahoo!ニュースへの掲載という手応え
この1年で、大手メディアのみんかぶマガジンには6回掲載され、そのうち3回はYahoo!ニュースへの転載もされました。
「窓際族でもFIREできた」という事実を赤裸々に伝えることで、似たような境遇の人に届くかもしれないという手応えがあります。
これからはウェブマガジン・YouTube・講演などのメディア出演もして、商業出版化を目指していきたい。
それも生きがいのひとつです。
3つに共通すること——「対等な関係の中にある生きがい」
投資勉強会、スポーツコーチ、ブログ発信
——この3つに共通するのは「誰かと繋がること」です。
窓際族で「誰も話しかけてくれなかった」21年間の裏返しとして、今の生きがいはすべて「対等な関係の中に」あります。
会社の名刺も、肩書きも、資産額も関係ない。
そういう場所で初めて「自分が自分でいられる」という感覚がある。
これが私にとっての生きがいの本質です。



まとめ:孤独だったからこそ、つながりが生きがいになった
21年間ひとりで相場に向かい続けた経験があるからこそ、今の「戦友」との対話が生きがいになりました。
「終わった人」として会社で空気のような扱いを受けていたからこそ、子供たちに「必要とされる」場所が最高の居場所になりました。
誰にも理解されずに投資を続けてきたからこそ、同じ境遇の人に向けてブログで発信することに意味を感じています。
次の記事では、お金という道具を次にどう使うのか。
「マスタリー・フォー・サービス」という哲学と竹田和平さんとの出会いについてお伝えします。→【こちら】



資産4億円や3つの生きがいことについて、そしてブログのご感想などがあればお待ちしています。
みんかぶマガジンにも記事を書いています。 →こちら
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コメント
昨日前田さんのブログに気づきまして、拝見しましていろいろ共感する所があり、またFIRE後の日々の生活・ご活躍大変素晴らしく感激しました。
先月東京でお会いしたのですが、もっとお話を伺っておけば良かったと⋯
大変参考になりました。良いブログを公開して下さりありがとうございます!
ありがとうございます。株ベリーさんでお会いしましたね、私も覚えています。
関西ですけれど、オープンな投資勉強会や投資家バー、株クラオフ会にはよく参加しています。
東京には年に1回、株主総会時期に行く程度ですかね。
私も投資家さんとたくさんお話したいので、これからもよろしくお願いします。