私が株を買うタイミングをどう決めているか|感情→失敗【前編】

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私が株を買うタイミング

私が株を買うタイミングをどう決めているか【前編】——なぜルールが必要になったのか、感情で買った失敗の記憶

こんにちは、前田嘉一です。

株を買うとき、私はいつも指が震えます。

これは投資を35年やっても変わりません。

この記事では、なぜ私が「ルール」を作らざるを得なかったのか、その出発点となった失敗の記憶を正直にお伝えします。


私が株を買うタイミング、35年経っても、指が震える理由

「資産を買う」と「お金を失うかもしれない」は同じこと

株を買うこと。

株は「資産」です。

資産は私のポケットにお金を入れてくれるもの。

お金持ちになるには、資産を買って積み上げる。

——「金持ち父さん貧乏父さん」で学んだことを、今も信じて守っています。

中学生のころからお金持ちになりたいと思っていました。

金属片が散らばり、機械油がしみた東大阪の町工場の路地裏で誓ったことです。

でもその反面、私にとって株を買うことは、苦労して貯めたお金を一瞬で失うかもしれないものを買うことでもあります。

恐怖しかありません。

今まで株で失敗していなくなった人をたくさん知っています。

そして「次に失敗するのは自分かもしれない」と、いつも思っています。

だから今も、株式市場も証券会社も信用していません

私が株を買うタイミング、数字は確認した。でも指が動かない

前日のNY市場が下がっている。

日本株も下がっている。

買おうと決めた目標株価よりも下がっている。

数字はすべて確認しました。

私が株を買うタイミングでも、指が動かないのです。

これで本当にいいのか」と悩む

リーマンショックのときも、最近のトランプ関税ショックのときも、同じことがありました。

頭では「買え」とわかっていても、身体や指先が「逃げろ」と叫んでいる

脳内では激しい葛藤が起きています。

恐怖を「乗り越える」のではなく「武器にする」

でも、これは弱さではないと、今は思っています。

この恐怖と共存することで、それを武器にして私は生き残ってきました。

多くの投資本は「恐怖を乗り越えろ」と言います。

でも私にはそれができません。

だから、むしろ恐怖そのものを、私の投資スタイルの核にすることで生き残ってきました。


なぜルールが必要になったのか——「感情で買った失敗」の記憶

32歳、窓際族、そして「手っ取り早い成功」への渇望

投資を始めたばかりの2002〜2004年、最初の半年くらいは投資本を見て慎重に注文を出していました。

でもそれも面倒になり、情報源は証券会社の営業マンや夕刊紙の「爆益情報」になっていきました。

いつも「ここだけの話」に煽られて踊らされていました。

「早く成功をつかみたかった」。

当時32歳、窓際族でした。

なぜ窓際族になったのか——うつ病になったからです。

原因は、20代にどぶ板営業をやりまくって、常に売上が断トツ1位だったこと。

他人の3倍は働き、成績はついてきました。

でもそのせいで上司や同僚を面と向かって否定したり罵倒したりしていました。

目に見える役職と権力が欲しかった。

でも年功序列でダメだった。

それで一匹狼になり、それでも意地で猛烈社員を続けて、最後はうつ病になりました。

窓際族になっても、「株で手っ取り早く成功して、高級外車で通勤する」という見える形で見返したいと考えていました。

「○○が言っていた」だけで買っていた

手法は、とにかく情報を早く見つけて、早く買うこと

情報源は証券会社の営業マンと夕刊紙。

証券会社や新聞社は嘘をつかないと信じていました。

だから「誰よりも早く知っていること」「情報源が多いこと」に真剣でした。

買う理由は「○○が言っていた」「○○に書いてあった」という情報だけ。

これをどぶ板で集めて、すぐに金持ちになれると思って買っていく

20代の猛烈社員だったころの営業の姿と、何も変わっていませんでした。

「誰も知らない今、買わなくては損」——まさにハイテンション状態でした。

窓際族でしたが、営業時代の活力が蘇ってきました。

中国関連株ブームと「損切りの繰り返し」

当時は中国関連株ブーム。

同時に小型鉄鋼や小型海運株などの仕手株も賑わっていました。

でもこういうものはすぐに廃れます。

しばらくすると、営業マンに言われたまま損切りし、次の銘柄にチャレンジする——この繰り返し。

お金は無くなっていくばかりでした。

証券会社の営業マンのせいにしても、最後は「お客様の自己責任」という言葉で、いつも責任は逃げられていました。

最初は「男気」とか言って格好良く買っていました。

でもお金が無くなっていくにつれて、どぶ板の情報収集も、早期成功体験への夢も消えていきました。

悔しかった

もう後戻りできないこともわかっていました。

「お客様の自己責任」という言葉が、35年経っても手を止める

良かったのは、最低の1単元でやっていたことです。

100〜200万円は損しましたが、それ以上の大損にはなりませんでした。

でも、最後に残ったのは「お客様の自己責任」という言葉でした。

誰も責任をとってくれない。

この言葉が、35年経った今でも、注文のときに心の奥で手を止めてしまうのです。

お客様の自己責任」と言われると、何もしないのが一番楽です。

お金持ちになるため、社内で見返すために、資産=株を買わなければならない

営業マンは背中を押してくれます。

でも結果に対しては無責任で、最後は逃げる。

その弱さを乗り越えるために「ルール化」が必要だったのです

「自己責任」を、自分のための言葉に変える

「お客様の自己責任」。

この言葉は、証券会社が責任を逃れるための言葉でした。

でも今では、私自身がこの言葉を使って、自分の弱さから逃げないようにしています。

自己責任」とは、責任を押しつけられる言葉ではなく、ルールを作る理由そのものなのです

誰も背中を押してくれない。

だから自分でルールを作って、自分の背中を押す仕組みを用意する

それが「自己責任」という言葉への、私なりの答えでした。

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まとめ:ルールは「失敗の記憶」から生まれた

2002〜2004年の失敗は、ただの損失ではありませんでした。

情報を信じて感情で買う」ことの危うさと、「お客様の自己責任」という言葉の重さを、身体で学んだ期間でした。

この失敗があったから、私はルールを作りました。

次の記事では、その「3分割購入」というルールの中身と、「買えてしまったほうが恐怖を覚える価格」という発想についてお伝えします。→中編【こちら

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