それでも動かない【後編】——万が一、株がこのまま上がり続けたら正直な葛藤と、現金という武器
こんにちは、前田嘉一です。
前編では、毎晩寝る前に日経先物を確認する15年間の習慣、PER20倍という「体に合わない」数字、浮足立つ自分への警戒、そして梅の実を数えながら待つ毎日をお伝えしました。
この記事では、私が「買い」と判断する瞬間はどんなときか、そして万が一このまま上がり続けたらどうするかの正直な葛藤をお伝えします。
私が株を「買い」と判断する瞬間——「手が動かない」という感覚
リーマンショックでの初体験——準備なしの暴落
2008年のリーマンショックが、個別株投資を始めて最初の大きな暴落でした。
暴落時のプランは何もありませんでした。
リーマン・ブラザーズが破綻した9月中旬から、相場が一気に下がりました。
パニックになって株式相場を見られなくなりました
でも、「見ないことの方が身体に悪い」と感じて、恐る恐る口座を開いてみると、東京エレクトロンとTDKがリーマンショック前の価格から1/2〜1/3になっていました。
最初の感想は「すごく安い」
毎日「欲しい、でも高い」と思っていた銘柄が破格の値段になっていました。
理屈ではありませんでした。
でも、まわりの意見に反応して、すぐに動くことはできませんでした。
バフェットの言葉が「精神的な杖」になった
当時のブログでは「潮が引いたとき、誰が裸で泳いでいたかわかる」というバフェットの言葉が飛び交っていました。
レバレッジをかけていた多くの投資家が退場していきました。
みんなが投げ売りするか、相場を見ないふりをしていました。
「潮が引いたとき」という言葉から、「いずれ潮が満ちてくる」と考えました。
倒産しそうな勤務先でも潰れないのに、ピカピカな東京エレクトロンやTDKが倒産するはずがない。
ビジネス構造・財務・将来性を自分なりに分析して、少しだけ自信がありました。
東京エレクトロンは10年ほど前に3年間営業担当をしていた会社です。
そのつながりもありました。
「買えてしまったほうが恐怖を覚える価格」で株の注文を出した
ストップ安ギリギリの価格、つまり「買えてしまったほうが恐怖を覚える価格」で注文を出しました。
こういう簡単な注文でも、手が動かないのです。
自分では安いとわかっていても、まわりと違うことをしているという罪悪感が手を止めてしまう。
周りの意見を振り切って注文を出すことは、ものすごく辛くてしんどいです。
葛藤で頭の中がグルグル回りながらも、「せめてストップ安手前で注文を出す」「買えないほうが正解」と思いながら注文を出しました。
でも、株を買えてしまう
そして買ってしまっても「さらに下がるのでは」と後悔する——そんな「いらない株」だったのです。
でも今振り返れば、この「手が動かない」という感覚こそが「買い場」のサインでした。
今の株式相場ではその感覚がない
今の相場では、その感覚がありません。
今一番輝いているNVIDIAを例に取っても、200ドルが100ドルや80ドルに下落する感じがしません。
AIの将来性を先取りしている現在の株価は、むしろ適正価格に見えます。
でも過去のトランプ関税ショックのように、アメリカの状況やトランプ大統領の行動で「買えてしまったほうが恐怖を覚える価格」まで下がる可能性はあります。
今はまだ「手が動かない」という状態になりそうにない。
これが、現金を握りしめている本当の理由です。
万が一このまま上がり続けたら——正直な葛藤
「自分が時代遅れかもしれない」という不安
「もし日経平均が7万円になったら」という可能性はあります。
ひょっとしたら私自身が、リーマンショックやコロナショックの感覚に頼りすぎており、すでに現在の市場に適応できていないという課題があるのかもしれない、という不安もあります。
何も知らない状態で動くことが、私にとって最も恐ろしいことです。
だから、動かないこと(現状維持)こそが唯一の安全地帯だと認識しています。
その反面、株価が上がるのをじっと見ているのが辛いときもあります。
「待って間違いだった」——キーエンスの話
リーマンショックのとき、待って間違いだった株があります。
私にとっては「キーエンス」です。
工場の機械を職人の判断で制御していたものを、工場ごとに営業マンが聞き取りに行き、自社製品を組み合わせてセンサーを作って制御する
——このビジネス構造が素晴らしかった。
社員が現場に飛び込んでお客様の味方になって営業するスタイルも好きでした。
ROEもとびぬけて高かった。
でも東京エレクトロンとTDKへの資金集中で資金が足りず、キーエンスに乗り遅れてしまいました。
「待つ」ことにもリスクはあります。

NVIDIAが300〜400ドルになってしまう懸念
今のNVIDIAも、いつの間にか300〜400ドルになってしまう懸念があります。
それで憧れのまま終わってしまうかもしれない。
そのときは縁がなかったとあきらめるしかありません。
自分の資産規模や能力では、欲しい株をすぐに買っていくことはできません。
AI半導体の時代の波が来ると感じても、すべてに乗っていけるわけではない。
自分自身の限界を認めざるを得ない現実があります。
それでも動かない、待ち続ける理由
それでも待ち続けます。
間違えるかもしれないけれど、今は動かない。
なぜかというと、焦って全部のお金を投入し、さらに下がって身動きできなくなった投資家を数多く見てきたからです。
安いとわかっているのにお金がないので買えない、そして自分の持ち株の価値も下がっていく——これが一番辛いです。
現金を持って待つ方がまだ耐えられる
用意した現金のすべてが株を買えなくてもまだ耐えられます。
つまり現金を持って待つことは、単なる戦略ではなく、自分の精神を崩壊させないための最後の防衛線でもあります。
「7万円になってもまだ待つつもりなのか」と聞かれたとき、自信を持って答えられません。
でも、おそらく「動いて破滅するくらいなら、動かないで苦しむ方を選ぶ」でしょう。
正解を知っているつもりなのに、正解が次々と変わっていく世界で、自分の精神を保つために「何もしないという苦行」を選んだ一人の人間の叫びかもしれません。


現金という「武器」の話
現金は「精神崩壊を防ぐ最後の防衛線」
私が現金を持つのは2つの理由からです。
ひとつは、何かあったときに動けるため。
もうひとつは、自分の精神を崩壊させないための最後の防衛線として。
今は日経平均PERが20倍を超え、バブル状態でいつか大きく値を戻しそうという違和感がある。
その安定剤として現金を持っています。
「焦り」と「破滅」を天秤にかける
PER20倍からさらに上昇し、7万円に向かうかもしれない市場を見ながら焦る苦しみと、その焦りに負けて無理に買って破滅してしまう恐怖
——私はこの2つを天秤にかけています。
後者を避けるために、あえて現金を持って耐えています。
現金は「破滅」からの逃げ道であり、唯一の安全地帯です。
「恐怖で何もしない」は弱さではなく、正しい判断
「恐怖で何もしない」。はっきり言って、これは苦行です。
でも弱さではなく、正しい判断でもあります。
私はこうやって3.4億円まで積み上げました。
リーマンショックで売れなかった。
コロナショックでも動けなかった。
そのたびに「何もしない」という苦行を続けてきた結果が、今の資産です。


まとめ:現金を置いてあることは、怠慢ではない
今、あなたの口座に使わずに置いてある現金はありますか。
それは怠慢ではなく、武器かもしれません。
「何もしない」という選択に、勇気と理由があるなら——それはすでに立派な投資の判断です。
正解が次々と変わっていく世界で、自分の精神を保ちながら相場と向き合い続けること。
人生も投資も、実はシンプルでいいのだと、私は思っています。


それでも動かない、株、相場について、そしてブログのご感想などがあればお待ちしています。
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