1,000万円がなくても始められた、新入社員が月3万円の積み立てから資産3億円を築いた最初の3年
「投資を始めたいけど、まとまったお金がない」と感じていませんか。
私も最初はそうでした。新入社員のころ、手取り17万円で投資を始めました。
最初に用意したのは月3万円だけです。
1,000万円も、特別な知識も、才能も必要ありませんでした。
この記事では、私が入社後の最初の3年間にやったこと、その結果10年後に何が起きたかを正直にお話しします。
特別なことは何もしていません。ただ、たった2つのことを続けただけでした。
あの日の記憶——1991年4月15日、初めての給料日
1991年4月15日。初めての給料日。手取り17万円が口座に入りました。
その日のうちに、私は10万円を天引きしました。残りは7万円。それで1ヶ月生活すると決めました。
贅沢はできませんが、不思議と不安はありませんでした。
「これで将来の自分を買っている」という感覚だけがありました。
なぜ新入社員が給料の半分以上を天引きしたのか
ローンで苦しむ大人を、子供の頃から見てきた
私が子供の頃から身近だったのが「ローン」という言葉です。
近所ではローンで高級なものを買ったという話が常に飛び交っていました。
車のローン、住宅ローン。借金して欲しいものを買う、ということがとても身近でした。
同時に、ローンで首が回らなくなった大人も何人も見てきました。
月々の支払いに追われ、やりたいことができない大人たちの姿が、子供の目にもはっきりと映っていました。
「ローンに慣れておく」という逆転の発想
だから私の目標は、将来「豪華な郊外の一戸建て」を買うことでした。
そのために毎月10万円の住宅ローンを払い続けるつもりでいました。
そこで考えたのが、「ローンに追われる前に、ローンに慣れておく」という発想です。
将来払うはずのローン分を、今から天引きしてしまおう。
難しい計算は必要ありません。「最初からなかったことにする」というシンプルな考え方です。
天引きの内訳:月10万円の使い道
最初の天引き内訳はこうなっていました。
- 持株会:月3万円(ボーナス時10万円)
- 財形貯蓄:月4万円
- 財形住宅貯蓄:月3万円
- 合計:月10万円
難しい投資判断は何もありません。ただ、給料と同時に10万円が自動的に引かれていくだけです。
手取り7万円の3年間——正直な気持ちをお話しします
バブル崩壊期、同僚はスポーツカーに乗っていた
当時はバブルが少しずつ弾けていく時代でした。
それでも余韻は残っており、新卒の同僚がローンでスポーツカーや四輪駆動車を買い、ブランド物のスーツやバッグで出勤する姿がありました。
正直に言うと、うらやましいと思っていました。
でも同時に「あの車のローン、何年払い続けるんだろう」とも思っていました。
うらやましさと冷めた目が、同時にありました。
実は7万円の生活はそこまで苦しくなかった
さらに正直に言うと、7万円の生活はそこまで苦しくありませんでした。
実家から通っていたので家賃がなく、食事も母親が作ってくれました。
7万円は昼食代と飲み会代と服代で消えましたが、それで十分でした。
節約は美徳というより、欲しいものが違っていたのです。
車やブランド品より、郊外の一戸建ての頭金を貯めることの方が、私には価値がありました。
なぜ物欲が強くなかったのか。それは育った環境と関係があるかもしれません。

月3万円の持株会が、34年間の株式投資人生の原点になった
「会社への貢献」のつもりで始めた持株会
私が初任給で最初にしたことは、持株会への申し込みでした。
枠いっぱいの月3万円、ボーナス時は10万円です。
当時の理由はシンプルでした。「全く会社に貢献していないので、少しでも会社の役に立ちたい」という気持ちと、「5%の会社補助・手数料無料」という条件の魅力です。
後になって、毎月定額で買い続けるこの仕組みが「ドルコスト平均法」と呼ばれる投資手法だと知りました。
バブル崩壊で株価が下がっても、買い続けた理由
バブル崩壊と会社業績の低迷が重なり、会社の株価はどんどん下がっていきました。
新聞や週刊誌には「倒産危惧」「危ない会社」という文字が並び、実際に転職した同僚もいました。
それでも私は買い続けました。
「自分が頑張れば会社業績が上がり、株価も上がる。
今のうちに安く仕入れておけばお金持ちになれる」と信じていたからです。
今思えば、少し単純すぎる考え方でしたが、当時は本気でそう思っていました。
失敗したのに、哲学だけが残った
結局、自社株は戻りませんでした。
仕事も頑張りすぎて、32歳で「うつ病」になってしまいました。
皮肉なことに、自社株への期待は外れました。会社の業績も株価も戻りませんでした。
でも「下がっても買い続ける」という体験だけは、本物として私の中に残りました。失敗したのに、哲学だけが残ったのです。
これが後の「逆張り投資」の原点になったのだと、今になって思います。


保険の見直し:26歳で気づいた「掛け捨てはもったいない」
セールスレディとの攻防
当時は昼休みになると、生命保険のセールスレディが職場にやってきました。
最初はうまくかわしていましたが、1994年に「定期特約付終身保険」を契約させられました。
「同年代の女性を紹介してくれたら契約する」と言ったら、本当に紹介してくれたのです。
でも映画を一緒に見ただけで、その日で終わりました。
翌月、定期特約をすべて解約した理由
契約した翌月に定期特約部分をすべて解約しました。
理由はシンプルです。
- 60歳まで死亡や重大事故が起きる確率は低い
- まだ独身で、残された家族もほとんどいない
- 掛け捨ての保険料がもったいない
残したのは、葬式代として150万円の終身保険だけ。
現金一括で30万円を先払いし、セールスレディを遠ざけました。
30年後に「超お宝保険」になった
この150万の終身保険は、30年後の今では絶対に再現できない「超お宝保険」になりました。
- 予定利率4.75%(現在ではあり得ない高水準)
- 一括払いなのに毎年8,750円の税金控除が続く
- 終身受取額が約170万円に増加
- 「旧生命保険料控除」で確定申告のたびに税金が安くなる
当時の判断が完全に正解だったとは言い切れません。
でも保険を削ったお金が、後の投資に回りました。
現在も私の生命保険はこの一本だけです。

10年間続けた結果、32歳で何が起きたか
「天引き」と「保険の見直し」。
この2つだけを10年間続けた結果、32歳で次の資産が手元にありました。
- 住宅頭金用:1,000万円
- 生活防衛資金(3ヶ月分):500万円
そして32歳でうつ病になったことがきっかけで、この1,000万円を原資に個別株投資を始めました。
- 2017年:資産1億円
- 2022年:資産2億円、早期退職(FIRE)
- 2026年現在:資産3.1億円
月3万円の持株会と、10万円の天引きから始まった話です。

まとめ:サラリーマンが資産形成で最初にやるべきたった2つのこと
入社後の最初の3年、私がやったことは2つだけです。
1. 天引きで「最初からなかったことにする」 持株会・財形貯蓄・財形住宅貯蓄で月10万円を自動的に引く。難しい判断は何もいりません。
2. 保険を見直して、本当に必要なものだけ残す 掛け捨て部分を削り、削ったお金を将来の投資原資に回す。
特別な才能も、高度な知識も、1,000万円の元手も必要ありませんでした。
必要だったのは「最初からなかったことにする」という発想だけでした。
あなたの給料から、今月いくら「なかったことに」できるでしょうか。

1,000万円を新入社員が積み立てで作ったエピソードや、ご感想などがあればお待ちしています。
次の記事では、入社前の生い立ち。お金持ちゼロの町で育った私の「3億への原点」をお話しします。→こちら

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