1,000万円の頭金を「住宅」ではなく「株式」に充てた決断
はじめに
2001年、32歳の時、私は人生で最も大きな決断をしました。
20代から必死に貯めた1,000万円の頭金を、マイホーム購入ではなく株式投資に充てたのです。
当時、周りの同年代はローンを組んで新築一戸建てを購入していました。私も同じ道を歩むつもりでした。
しかし、ある一冊の本との出会いが、すべてを変えてしまったのです。
この記事では、なぜ私がこのような決断をしたのか、そしてその後どのような人生を歩んだのかをお話しします。
30代で人生の選択肢に悩むあなたへ、何か参考になることがあれば幸いです。
私の人生の夢は「マイホーム購入」だった
20代で1,000万円を貯めた理由
私は20代から徹底的に節約をしていました。目標はただ一つ。郊外の広い豪華な一軒家を購入することでした。
そして住宅雑誌を読み、どんな家に住もうか、どこに住もうかと想像するのが楽しみでした。
当時の私にとって、マイホーム購入は人生最大の夢であり、ステータスだったのです。
また一生住宅ローンを払うことも当たり前だと思っていました。「出世すれば返済も楽になるだろう」そう信じていたのです。
つみたてくん(住宅債券)という制度を活用した
当時の日本は、政府がマイホーム購入を強く後押ししていた時代でした。
そしてその象徴が「つみたてくん(住宅債券)」という制度です。
この制度の仕組みは以下の通りです。
- 40万円を半年ごとに積み上げる
- 11回積み立てると440万円になる
- 住宅購入時に、その積立金の10倍まで融資を受けられる
私はこのコースを「2回分」実行しました。
つまり、880万円を積み立て、融資枠として8,800万円を得られたのです。
当時の社会的常識に従っていた
私は当時、今でいう上場プライム企業に勤務していました。
融資も受けやすく、形の上では8,800万円の豪華な家を購入することも可能でした。
そして周りの同僚たちも、同じような形で膨大な住宅ローンを組んでいました。
これが2001年当時の政府や世間の「マイホーム購入」という常識だったのです。
私も枠一杯の住宅ローンを組む予定でした。
確かにローンは多くなりますが、「出世すれば大丈夫だ」と考えていたのです。
当時、携帯電話が普及し始めた時代でした。私は自費で購入し、24時間体制でどぶ板営業をしていました。実績も抜群でした。
そうなると、出世も給料アップも約束されていると信じていたのです。
人生の転機:32歳でうつ病に
猛烈社員の働き方が体を蝕んだ
しかし、32歳の時に転機が訪れました。
猛烈社員としての働き方が、ついに体にツケを回してきたのです。
「うつ病」になってしまいました。
同時に、私の人生設計は次々と崩れていきました。
- 年功序列で出世も給料アップがないことを知った
- 会社の業績ダウンにより、給料もボーナスもカットされた
- 入社から6年間積み立てていた自社株600万円が、1/5に暴落した
それでもさらに頑張ろうとしたのが、大きな誤りでした。
身体が動かなくなったのです。
療養中に読書と出会った
病院で睡眠薬を処方されました。充分以上の睡眠をとりました。
不思議なことに、一日がものすごく速く感じられました。目覚めて気がつけば、もう一日が終わっている。そんな感じでした。
徐々に症状が和らいでいくと、読書だけはできるようになりました。
そして図書館で色々な本を借り始めたのです。
- 歴史小説
- スポーツ選手の自伝
- ビジネス書
興味のある分野なら、驚くほど頭に入ってくるのです。
特に、英雄(ヒーロー)の自伝をたくさん読んでいた記憶があります。
『金持ち父さん貧乏父さん』との運命の出会い
その中の一冊が、ロバート・キヨサキの『金持ち父さん貧乏父さん』でした。
最初の印象は良くありませんでした。分厚くて細かい活字。「うつ病が再発するかもしれない」と感じたのです。
しかし、「金持ち父さん=英雄(ヒーロー)」という印象で、手に取ってみました。
その決断が、私の人生を180度変えてしまったのです。

『金持ち父さん貧乏父さん』が与えた衝撃
私の人生は「貧乏父さん」の道だった
この本を読んで、私は衝撃を受けました。
私が進もうとしていた人生は、まさに「貧乏父さん」の道だったのです。
「貧乏父さん」とは、本の中で描かれるこのような人物です。
- 収入は労働収入のみに依存している
- 変化を好まず、安定を求める
- 「お金のために一生懸命働けば、安定してお金持ちになれる」と信じている
これは、私そのものでした。
「資産」と「負債」の違いを理解した
この本が教えてくれた最も重要な概念が、「資産」と「負債」の違いです。
資産とは、自分のポケットにお金を入れてくれるもの。
負債とは、自分のポケットからお金を奪うもの。
そして、本当のお金持ちとは、資産をたくさん持っている人なのです。
この定義を知った時、私の視点が大きく変わりました。
周りの同僚たちが自慢していた「郊外の豪華な新築一戸建て」。
それは実は、膨大な住宅ローンという負債を抱えているのではないか。
その本質が見えたのです。
「金持ち父さんの道」への決断
本の中では、別の道が示されていました。
「自分のためにお金を働かせる」こと。
つまり、不労所得をたくさん積み上げていくことで、お金持ちになるという道です。
私は単純に「お金持ちになりたかった」のです。
だから、この本が示す「金持ち父さんの道」を信じることにしました。
最大限にローンを組んで郊外の豪華な一戸建てを購入することが、実は「負債」を抱え込むことだという真実を知ったのです。
これは、私にとって「ゲームチェンジ」でした。

1,000万円を株式投資に充てた決断
なぜ株式投資を選んだのか
資産を積み上げる方法は複数あります。
- 株式
- 不動産
- お金を生むビジネス
その中で、私が「個別株」を選んだ理由は、手っ取り早いと感じたからです。
周りに投資家や資産家はいませんでした。
しかし、自社株や投資信託の経験がありました。株のほうが、少しだけ馴染みがあったのです。
32歳で持っていた資産
32歳当時、私は以下の資産を持っていました。
- つみたてくん(住宅債券)の積立金
- 財形貯蓄
- 投資信託
- その他の貯蓄
合計で約1,000万円。これはすべて、住宅の頭金にする予定だったお金です。
さらに、防衛資金として3年分の生活費500万円も保有していました。
決断時の心情
この決断をした時、私は療養中でした。
まだ会社員でしたが、体調は完全には戻っていません。
そして自信があったかと言えば、「なんかできそう」くらいでした。
しかし、本に書かれていた「お金持ちになる方法」は、これまでぼんやりと考えていた方法とは全く異なり、明確にはっきりと示されていました。
だから、信じることができたのです。

古くて狭い社宅に住み続けた10年間
決断直後の生活
この決断を下した時、私の家は古くて狭い社宅でした。50~60平米だったと記憶しています。
そして薄給でしたが、ここに住めるのはありがたかったです。
この古い社宅に住みながら、私は以下のことを続けました。
- 図書館でお金や投資の知識を学ぶ
- 少しずつ慎重に株の売買をして経験を積む
- 月10万円を投資資金のために節約する
2002年~2013年:利益が出ない11年間
2002年の個別株の初購入から2013年のアベノミクスまでの11年間、私の投資は利益を生みませんでした。
その間、周りの同僚たちはどんどんローンを組んで住宅を購入していきました。
正直なところ、うらやましかったです。
「自分だけ損をしているのではないか」という疑念も生まれました。
信じるしかなかった
しかし、私は「資産」と「負債」という新しいものさし(スカウター)で、人を判断する方法を手に入れていました。
「資産を持っているほうが、将来は有利になっていく」
この信念を持ち続けたのです。
正直に言うと、信じるしかありませんでした。
11年間、利益が出ない投資を続けることは、精神的に非常に辛いものです。
しかし、私は月10万円の節約を続け、投資資金を積み上げていったのです。

見栄を捨てたことで得たもの
会社関係の付き合いから距離を置いた
時間が経つにつれ、私の人間関係も変わっていきました。
見栄のある会社関係のつながりを、徐々に遠ざけていったのです。
そして代わりに、家族との時間や地域との繋がりを大切にしました。
地域コミュニティへの参加
子どものつながりで、地域でのバザーや無料フェスティバルの情報を得るようになりました。
そして、地域のスポーツチームにボランティアコーチとして参加するようになったのです。
心の変化
見栄を捨てた私にとって、会社と関係ない地域のつながりは、想像以上に楽しいものでした。
意外と「心も軽く」なっていきました。
もちろん、現在も続けており、充実しています。
このような人間関係の変化が、長期投資を続ける上での精神的な支えになっていると思います。

2013年:ターニングポイント
アベノミクスが状況を変えた
2013年、アベノミクスにともなう株価上昇が、私を変えてくれました。
11年間、利益が出なかった投資が、ようやく花開いたのです。
資産も増え、配当金も増えてきました。
心に余裕が生まれた
この時期から、「心に余裕」が生まれ始めました。
長年の不安や疑念が、ようやく報われた感覚です。
それは単なる経済的な豊かさだけではなく、精神的な充足感でもありました。
現在:FIREと新しい人生
2022年に2億円でFIRE達成
2013年からの上昇トレンドが続き、2022年に資産が2億円に到達しました。
その時点で、私は早期退職FIREを決断しました。
30年近く続けてきた会社員生活に、ピリオドを打ったのです。
2026年現在:3億円の資産
現在2026年、私の資産は3億円になっています。
さらに、2017年には中古ですが、現金一括で住宅を購入することができました。
結果として得たもの
1,000万円を株式投資に充てた決断は、単なる経済的な成功だけをもたらしませんでした。
- 精神的な自由
- 時間的な自由
- 人間関係の充実
- 地域への貢献
これらすべてが、その決断から生まれたのです。

30代のあなたへ:この経験から学べること
社会的常識を一度疑ってみる
「マイホーム購入が人生の夢」「出世が幸福につながる」「安定が最優先」
これらは、社会的な常識かもしれません。
しかし、それがあなたにとって最善の選択とは限らないのです。
一度立ち止まって、本当に自分が望む人生は何かを考えてみてください。
長期的な視点を持つ
私の投資が花開くまでに、11年かかりました。
そしてその11年間は、利益も出ず、周りからは遅れているように見えたかもしれません。
しかし、長期的な視点を持つことで、最終的には大きな成果につながったのです。
短期的な成功や周りの評価に一喜一憂せず、自分の信念を持ち続けることの大切さを、私は学びました。
見栄を捨てることの価値
私が人生を大きく変えるきっかけの一つは、見栄を捨てたことです。
そして会社関係の付き合いから距離を置き、家族や地域とのつながりを大切にしたことで、心に余裕が生まれました。
30代は、人生で最も見栄を気にする年代かもしれません。
しかし、見栄を捨てることで、本当に大切なものが見えてくるのです。
学習と自己投資を続ける
私は療養中に読書を通じて、人生を変える知識を得ました。
どんな状況にあっても、学習と自己投資を続けることの大切さは、何度強調してもしすぎることはありません。
まとめ
32歳の時、私は1,000万円の頭金を「住宅」ではなく「株式投資」に充てました。
その決断は、経済的な成功だけでなく、人生そのものを変えてくれました。
社会的常識に従うことも大切ですが、時には勇気を持ってその常識に逆らうことも必要です。
30代は、人生の大きな分岐点になる可能性を秘めた年代です。
この記事が、あなたの人生選択の参考になれば幸いです。

1000万円を株式投資にしてマイホーム購入にしなかった、ご感想などがあればお待ちしています。
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