2008年リーマンショック、暴落の夜。私が30代サラリーマンとして学んだ投資の本質
リーマンショックで投資を買い増しした戦略。
こんにちは。今回は、私が2008年のリーマンショックを経験した時の話をお話しします。
あの時、私は何を思い、どう行動したのか。その経験が、今の資産形成にどう繋がったのかについて、正直にお伝えしたいと思います。
2003年から始まった、報われない10年間
私は2003年に個別株投資を始めました。
しかし、2013年までの10年間は、本当に成果が出ませんでした。
いわゆる「鳴かず飛ばず」の時代です。
当時、私は気づいていませんでしたが、株価というのは経済状況のサイクルに大きく左右されるものなんです。
不況の時期には、どんなに良い企業の株でも、株価は低迷したままになってしまいます。
その時代の私は、その単純な事実すら理解していなかったのです。
薄給サラリーマンからの投資スタート
当時の私の状況を説明しておきます。
私が勤めていた会社は、社会インフラが便利になるほど衰退していく業種でした。
つまり、昇給の期待はほぼゼロ。給料も決して高くはありませんでした。
そんな中での投資ですから、毎月の投資原資は限られていました。
住宅ローンを払いながら、節約に節約を重ねて、月々10万円を投資に回すのが精一杯でした。
SNSや周りを見ると、資産家の家に生まれた人、高給で働いている人ばかり。
私は資産のない普通のサラリーマン家庭に生まれ、普通の大学を卒業した身分。
正直、羨ましく、時には嫉妬することもありました。
しかし、この制限された環境の中で、私は独学を続けました。
図書館の本を読み、SNSで情報を集め、誰のメンター(指導者)もいないまま、一人で学んでいったのです。
初めての大きな失敗:リーマンショックの衝撃
2008年の夏から秋にかけて、あの有名なリーマンショックが起こりました。
当時、私の株ポートフォリオの主力は、2003年に購入した「武田薬品工業」と「任天堂」でした。
その他、「東京エレクトロン」と「TDK」も少しですが保有していました。
リーマンショックの影響は、想像以上でした。
6月末から10月末までの4ヶ月間で、私の保有株の時価は28%も下落してしまいました。年率換算にすると、なんと62%のマイナスです。
特に10月は、日経平均株価が1か月で24%近く下落しました。
この数字だけでは伝わらないかもしれませんが、現在の感覚で言うと、5月1日に日経平均が60,000円だったものが、5月31日には45,000円になってしまうようなものです。
市場全体も大混乱でした。日経平均は7,000円を割り込み、市場の恐怖を示す指数(VIX)は80.86という当時の最高値を記録しました。
これは本当に「100年に一度」と呼ばれるにふさわしい大暴落だったのです。
100年に一度の大暴落に、私がしたこと
私は当時、個別株投資を始めて5年目でした。経験も浅く、自信もありませんでした。
そんな中での大暴落です。当然、恐怖心が襲ってきました。
「このまま株価は上がらないのではないか」
「自分の資産はこのまま消えてなくなるのではないか」
そんな不安が頭から離れませんでした。
情報に溺れた、眠れない日々
当時は、今ほどネット環境が充実していません。
ヤフーファイナンスなどの株価情報は20分遅れでしたし、携帯電話からネットを見るのも高額の通信料でした。
普段の投資ルーティーン
ですから、基本的なルーティーンは以下の通りでした。
朝、会社に行く前に自宅のネットで注文を出す。昼休みに確認する。帰宅後、自宅のパソコンで最終確認する。
普段は頻繁に売買しないようにしていました。株価が気になって仕事に集中できなくなるからです。
ですから、かなり安い指値で注文を出し、「もし買えたらラッキー」くらいの気持ちで対応していました。
おかげで、周囲に株式投資をしていることもバレませんでした。
リーマンショック時の異変
しかし、リーマンショックの時は違いました。
保有株が一気に下がるのです。
下がる値幅が、普段と比べて桁違いに大きいのです。何か異常だと感じました。
保有株の総額が減り続け、「もう終わりかもしれない」という恐怖心が押し寄せてきました。
テレビとネットで深夜まで情報収集
それ以来、私はいつも以上にニュースに注目するようになってしまいました。
特に見ていたのは、テレビ朝日系の「報道ステーション」です。
毎晩23時10分頃に、ニューヨーク市場のダウ平均の始値速報が流れます。
大幅に下がっていると、キャスターが暗い表情で「今後の株価はどうなってしまうのでしょうか」と、不安を煽るようなコメントをします。
その後、テレビ東京系の「ワールドビジネスサテライト」を見て、右上の株価速報をチェック。
ダウや主要銘柄がすべて大幅マイナスだと、パソコンに移動してヤフーファイナンスの株価をチェック。
その他のインフルエンサーの意見も深夜遅くまで読み続けます。
悲観的な情報ばかりで、眠れない日々
しかし、目に入る情報は悲観的なものばかり。
「売った方がいい」
「様子見すべき」
「買いのシグナルはない」
こんなことばかりです。
こうして、眠れない日が続きました。
自分に経験と自信がないから、他人の意見や情報に引きずられてしまうのです。
心身の限界。私が決めたこと
ここまで来ると、心身に影響が出始めました。
実は、私は2003年にうつ病を経験しているんです。
ですから、常に「またうつ病になってしまうのではないか」という抑制がありました。
翌日の仕事や体調に影響が出ると感じた私は、2008年の夏(8月から9月)、投資を一時的にやめることにしました。様子見です。
これは、私にとって正しい判断でした。
心身の健康を守ることが、長期投資には何より大切だからです。
多くの投資家が売却する中、私が取った行動
ここからが、この話の本当の転機です。
投資を一時的に停止した私でしたが、毎日の株価を眺めながら、あることに気づき始めました。
「どの銘柄が一番安くなっているんだろう」
日経平均に比べての下落率を調べてみました。
すると、私の保有株の中でも、「武田薬品」よりも「東京エレクトロン」と「TDK」の方が、下落率が高いことに気づいたのです。
つまり、「東京エレクトロン」と「TDK」は、日経平均に比べてさらに安くなっているということです。
そしてもう一つ、重要なポイントがありました。
これら2つの株は、昔から欲しかった株だったのです。しかし、入金力がないため、なかなか買えませんでした。
私にとっては、百貨店の1階正面入り口のガラスケースに並んでいるブランド品のバッグのような存在でした。
毎日値段を見て、欲しいけど、手が届かない。そんな株だったのです。
それが今、通常の半分から3分の1の値段になっているのです。
500~600万円あっても、買えなかった理由
2008年9月の終わり頃、私は計算してみました。
3年分の生活防衛資金を除くと、手元には500~600万円あったと思います。
それでも、買えませんでした。
なぜか。
周囲の情報をいくら見ても、「売りなさい」「様子見しなさい」という意見ばかりで、「買いなさい」という意見がどこにもなかったからです。
ネットの情報、SNSの情報、テレビのコメント。すべてが売却を勧めていました。
そんな中で、一人だけ買い増しをするというのは、本当に勇気がいることでした。
周囲が売却する中、一人取り残される孤独感がありました。
「自分だけ間違っているのではないか」
「この判断は本当に正しいのか」
そんな不安が、私の心を揺さぶりました。
バフェットの言葉が、私の背中を押した
しかし、その時、心の中にずっとあった言葉がありました。
ウォーレン・バフェットの言葉です。
「潮が引いて初めて、誰が裸で泳いでいたかがわかる」
この言葉の本来の意味は、「大暴落になった時、本物の投資家かどうかが分かる」という格言です。
しかし、私はこの言葉を、別の意味に解釈しました。
「また潮が満ちてくる」
つまり、きちんとしたビジネス構造を持った企業は、いずれ株価は戻るということです。
この解釈が、私の背中を押しました。
リーマンショックでの「買い増し」という決断に至った根拠は、実はこのバフェットの言葉だけだったかもしれません。
でも、自信があったわけではなく、不安との葛藤の中での決断でした。
リーマンショックでは、慎重に一単元ずつ買い増しした
それでも、リーマンショックで私は買い増しの行動することにしました。
2008年10月から11月にかけて、「東京エレクトロン」と「TDK」に対して、慎重に一単元ずつ、ストップ安の手前くらいの指値で注文を出していったのです。
こんな安値で注文を出しても、本当に買えるのです。
世間と逆をやっているので、買えない方が安心できることもありました。
しかし、買えた時は、本当に欲しかったものを安い価格で買えたという喜びで、自分に勇気づけていました。
当時は、何が正解かどうかもわかりませんでした。
ただ、自分で考えて、欲しいものを買った。それだけです。
ちなみに、東京エレクトロンは12月3日に770円で買えたものもあり、今も保有しています。

リーマンショックから買い増し、その後株価は簡単には戻らなかった
ここまでの話を聞くと、「その後、株価はすぐに戻ったんでしょう」と思われるかもしれません。
しかし、現実はそう甘くありませんでした。
円高と半導体不況の長い停滞期
「東京エレクトロン」と「TDK」は、リーマンショックが終わった後、少しは株価が上昇しました。
しかし、大きく戻ることはありませんでした。
その後、円高と半導体不況の影響で、株価は横ばいに近いままで続いたのです。
さらに、2011年の秋には、「TDK」のタイ工場が不稼働になり、株価がまた下がってしまいました。
この時も、私は「TDK」を買い増ししました。
2013年のアベノミクスまで、低迷は続きました。
つまり、リーマンショックから買い増しを始めた2008年から、本当に報酬を感じるまで、さらに5年の時間がかかったのです。
2013年のアベノミクスで、すべてが変わった
2013年、アベノミクスが始まりました。
この時、「東京エレクトロン」と「TDK」の株価は1.5倍に上昇しました。配当も少しずつ増え始めました。
初めて、「心に余裕」が生まれてきたのです。
当時、我が家の状況も変わっていました。3人の子供も小学校の高学年になり、古くて狭い社宅住まいや、節約生活にも限界が来ていました。
そこに、アベノミクスが訪れたのです。
2003年に個別株投資をやると決めてから、2013年のアベノミクスまでの10年間。報われない時間を耐え抜く精神的な苦しみがありました。
しかし、その10年間の忍耐が、その後の人生を大きく変えたのです。

リーマンショックから買い増しの後、2026年、資産は3億円に
おかげさまで、2026年には資産が3億円になりました。
月々10万円からの投資スタート。薄給サラリーマンだった私が、ここまで来ることができたのは、あの2008年のリーマンショックでの「買い増し」という決断があったからこそです。

株式投資で成功するために必要なもの
最後に、私が学んだことをお伝えしたいと思います。
株式投資で成功するには、リアルな恐怖心に勝つ胆力が必要です。
そして、それ以上に、精神的な耐久力が必要です。
2008年のリーマンショックの時、周囲の情報に流されず、買い増しという自分の判断を信じることができたのは、バフェットの言葉という「心の支え」があったからです。
しかし、それだけではありません。
心身の健康を守ること。一時的に投資を停止する判断ができたこと。自分の経験と知識を積み重ねてきたこと。
これらすべてが、あの決断を支えてくれたのです。
もし、あなたが今、株式投資で迷っているなら、一度立ち止まって、自分の心身の状態を確認してみてください。
恐怖心は、投資家にとって自然な感情です。
大事なのは、その恐怖心とどう向き合うかです。
私の経験が、あなたの投資人生の何かの参考になれば、幸いです。


リーマンショックで投資を買い増しした戦略について、ご感想などがあればお待ちしています。
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